宵のまに ほのかに人を 三日月の 飽かで入りにし 影ぞ恋しき by藤原為忠
短時間で宵のうちに沈んでしまう三日月に、ちらりと姿を見せただけで、すぐに帰ってしまう恋人の面影を重ね、物足りない逢瀬による恋心を詠んだ歌とされる。三日月の「三」に「見」がかけられているのだと。
実際、今日の遠野の夕暮れは雲が多く、なかなか三日月を発見できなかった。しかし、ほんの雲が流れた隙間に三日月を発見したが、一瞬で厚い雲の中に消えて行ってしまった。
最近は、月シリーズを暫くやっていたが、こうして月を調べると、古代の人々は日ごと変わる月の形に、いろいろな名称を付けて楽しんでいたのがよく理解できる。月に恋の歌を絡めて詠んでいるのが多いが、更に遡れば、月に神を見ていたのかもしれない。そろそろ神にでも、月の御神酒でも贈らねばなるまいて。。。