遠野市小友町に「蟲供養塔」というものがある。昔、この道路の開発の際に、大アリの如くまたムカデの如き寄虫が無数に出て、上の千眼城山に逃げ去り、常楽寺の第十二世海岳呑船和尚が供養の為に建立去れたものだと云う。しかしその蟲供養塔は、いつの頃かの洪水の為に流失し、今は「路供養塔」のみ現存する。
最初の解説は
「小友探訪」からによる抜粋だが、この話には
異伝があった。ある古老に聞いた話では、なんでも無数の蟲が湧いた時、ある少女の笛の音によって、その蟲は千眼城山の麓に集まり、その少女を包み込んで山の奥彼方に消え去ったという。まるで、その少女は
「風の谷のナウシカ」みたいな存在だったのかとも思えてしまう…。
物語に登場する少女の奏でる笛はまるで「風の谷のナウシカ」に登場する
"蟲笛"の如きか?「風の谷のナウシカ」では吹くというより、振り回す事によって音をだし、蟲を呼び寄せるもの。この異伝での蟲笛とはどんなものだったのだろうか?蟲を呼び寄せるに似通っているものに
"ハーメルンの笛"がある。このハーメルンの笛は、蟲では無く鼠を呼び寄せるもの。呼び寄せる場合には、その蟲なり鼠の好む音か、もしくは敵意を抱かせる音なのだろう。ナウシカの場合はオウムという蟲の触手によって傷を癒されたが、逆に無数の蟲に襲われて体が蟲に包み込まれる場合もあるだろう。この少女は、どちらであったのだろうか?
蟲を操るで古くは
「古事記」において、根の国へ行った大国主が蛇の室や呉公(ムカデ)と蜂の室での試練で、須勢理毘売から
「領巾(ヒレ)」を借りて危機を乗り越える。この領巾もまた蟲を操る道具であり、寄せるとは別の蟲を除ける道具となる。
蟲は古来、蛇を含んで蟲と言っていた。その名残として
"蝮(マムシ)"または魔蟲とも云われる毒蛇が蟲に含まれていた。蛇は、煙草の脂の匂いを嫌うとされ、山中では魔である蛇が寄って来ない様、煙草を吸ったという。先に記した「古事記」での領巾は、それを振る事により除けるもの。つまり視覚に訴えたのであろうか?煙草の脂は嗅覚に訴え、そして笛は聴覚に訴えるものであるのだろう。有効範囲を考えてみても視覚<嗅覚<聴覚であろうから、広範囲に渡っての有効手段は聴覚に訴える笛が有効であるのだと思う。ましてや無数の蟲が湧き出たのだから、広範囲に有効な笛が登場したのは理解できるのだ。
また、何故に少女であったのかを考えてみても、女性である須勢理毘売がその領巾を扱う存在であったのは本来、神などと更新するのは巫女であり、古来は卑弥呼の様な女性であった。髪を結わないザンバラ髪は、毛先から霊力が溢れ出るとされていた。
「日本書紀」における
天武天皇記では、
「巫女は髪を結わないのが好ましい」とされているのは、元々神や異界と交信する為に、髪の毛がその有効手段である証明であり、女性の髪そのものが霊力溢れるアイテムであった証となる。つまり、蟲であろうと物の怪や神であろうと、女性という存在は、そういうモノ達と交信できる存在であった故、この物語においても少女が登場するのも納得出来るのだ。恐らく「風の谷のナウシカ」においても、そういう意識が働いて、少女が主人公になったのではなかろうか。ましてや、その国の姫という存在である。呪力は古来から、高貴な血ほど効果的であるとされている事から「風の谷のナウシカ」は王女であったのだろうが、この小友町の伝承に登場した少女とは、はて…。