遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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「遠野物語拾遺230(情死)」

これは明治になってから後の話であるが、遠野町の某という女には
妙な癖があって、年ごろになってからは、関係した男毎に情死を迫
ってならなかった。それが一人二人でなく、また嫁に行っても情死
のことばかり夫に言うのでいつも不縁になって帰った。こんなこと
が十何回もあった後に石倉町の某という士族の妾になったが、この
人にも情死を奨め、二人で早瀬川へ身投げにいった。そうして自分
だけ先に死んだが、男の方は嫌になって帰って来たそうである。


                               「遠野物語拾遺230」


情死は、いわゆる心中だ。心中で有名な、近松門左衛門「心中天網島」は、享保五年(1720年)10月14日の夜明けに起こった事件を元に創られたもの。その頃は心中事件が多発して、世の中の乱れを憂いた幕府が心中を悪とみなし、厳しい取り締まりをする事になった。当然、心中物の作品の上演などはご法度となったよう。また、それ以前にも「曽根崎心中」という心中を美しいものとして描いた作品もある。こういう作品に踊らされたのか、とにかく心中は広まったようだ。

心中した死体は、家族にも引き取らせず、野犬や野鳥が食い荒すという野晒状態にされ、見せしめられた。もしも一方が生き残った場合、主犯として斬首の刑に処せられたという。また、両方生き残った場合は、3日間全裸で晒されて、身分を奪われたそうな。

「心中」は初め、他人に対して義理立てをする意味の「心中立」(しんじゅうだて)のことをいった。これが江戸時代になると、男女の永久の相愛を意味するようになる。」とある。

つまり「心中」とは相手に対する「真心」の事となる。そしてその真心とは、男女の二心なき処を表す、やはり相手に対しての誓いの気持ちにもなる。その為に「心中立」というものは、各々「誓紙」「爪はぎ」「断髪」「入墨」「指切」「貫肉」があった。



「誓紙」は、熊野の起請文が、かなり使用されたようだ。その起請文には沢山の神仏の名を書き連ね、誓いを破れば罰が当たるとされた神聖なもの。そしてその起請文に血判を押して完成。または血書といって更なる誓いを立てる場合、自らの血で署名したという。血書で有名なのは崇徳上皇の「血書五部大乗経」だろう。


「爪はぎ」は、自らの身体の一部を剥ぎ取る事によって誓いとされた。痛くなく、爪を剥ぎ取る方法もあったようだが、要は身を殺ぐ事から禊でもあり、清らかな意思を伝える意味もあったようだ。


「断髪」も「爪はぎ」と似たようなもの。


「入墨」は、現代でも行われているもので、よく二の腕などに「○○命」などと彫り、相手に対する変わらぬ愛を誓うというもの。つまり当時の習俗は、今も生きているのだが…。


「指切り」は「指切りげんまん」では無くて、実際に誓いの印に指を切り落としたそうな。つまり、一昔前のヤクザの世界で行われている習俗と同じである。


「貫肉」は、男女では無く、男色家の間で行われたようだ。貫くが「想いを貫く」にかけたようだ。ここで日本人の語呂合わせ好きが露呈する(^^;



ところで「遠野物語拾遺230」は江戸時代では無く、明治時代の話となる。あれだけ幕府に悪として禁じられた心中が、西洋文明が入り込んだ明治時代となっても続いているというのは、やはりその思想によるものが大きいのだと感じる。つまり「あの世で結ばれる」だ。大抵の場合は、いろいろな障害があって結ばれない男女に、こういう心中事件が起きている。その根底には平安時代末期に流行った末法思想があるのかもしれない。

死して、浄土世界へと向かう。苦しい世の中を生き抜くより、死んで極楽へ行き、幸せな生活を送りたいという想いが、自らの命を絶たせたようだ。平安末期には、まるで大道芸人のように、多くの坊主たちが大勢の人達の前で入水自殺、焼身自殺、そして入定と、様々な形で、人々の前で極楽浄土へと向かって行った。後に残った者達には、死んでみなけりゃ、その後の世界など分る筈もないのに…。

現代になって自殺が多発していると伝えられるが、現代と当時の共通点は、楽になりたいだろうが、死して、あの世で幸せになるという考えの現代人は、恐らくいないだろう。

「悲劇の死」として思い出すのはシェイクスピア「ロミオとジュリエット」だ。仮死状態になつているロミオ死んだものと勘違いし、自らの命を絶つジュリエット。後に。目覚めたロミオの前には、ジュリエットの死体があり、それに絶望し、結局命を絶ってしまうロミオ。つまり、日本においての近松門左衛門も、それ以前に作品を残しているシェイクスピアもまた、古今東西心中を美化する作者の一人にしか過ぎなかったのだろう。

近代となっても太宰治が有名なように、どこかで"美しいまま死ぬ"という美化された思想は生きているのかもしれない…。

心中は、真心とは書いたが、本来は相手を思いやる集大成が心中であろうか? 仏教用語「一蓮托生」という言葉がある。これは、死後、極楽の同じ蓮華の上に生まれる事である意味から、もしかして情死(心中)を求める者は、仏心に奪われている者なのかもしれない。死んで成仏するなら、一緒に愛した人と成仏できたら、なお幸せだと信じれば、その思いを成就する為に一蓮托生を求めるのかもしれない。ただ…「遠野物語拾遺230」の場合、あまりに一方的過ぎる。ただ言えるのは、関係を持った相手に対して情死を求めているのである事から察すれば、相手と肉体で結ばれる事を聖なるものと考えた純真さを感じる。現代と違って、昔は性に対して大らかだった。そういう中にあって、一度の関係を重視して情死を求めるのは、一度であっても、その女にとっては大変重要な事であったのだろう。
by dostoev | 2012-02-03 18:05 | 「遠野物語拾遺考」230話~ | Comments(0)
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