遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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五角形について考えてみた

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五角形の舘跡、もしくは居住跡ではないかというのが、米通りの遺跡だが、五角形というのは縄文時代から、かなり普及していたという。縄文時代の住居跡は円錐形のイメージが強いようだが、四角形・五角形・六角形などの住居跡も多く発見されているよう。ただ五角形は少数のようであるけれど…。
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五角形という形をどうみるかだが、先に書いたように五角形は星の形や、画像のように桜の五つの花弁を結びつけると五角形になる。桜(サクラ)の語源を調べてみても神の依代となり、ある意味魂の憑依する場所ともとれる。古代、花と言えば桜であったが、桜が何故日本を代表する花であるのかは、花の咲く季節と、その散り様の他に色合いや形もあった。桜の五つの花びらを線で結びつければ、画像のような五芒星になる。この五芒星の起源を探れば、どうも日本というより西洋になってしまう…。

五角形を信仰的見地で考え思い出すのは、五芒星。秋田県では、タラの木を二つに割って一筆書きで五芒星を描き、戸口などにあちこちに飾るという。また山形県では朴の木を割って、片側に樹皮を残して「十二月☆」と五芒星をやはり一筆書きで書くという。この一筆書きの☆は、魔除けとして認識されているよう。

岩手である自分の周囲では、あまり五芒星に馴染みは無いのだが、有名な奥州市水沢区の天台宗妙見山黒石寺の蘇民祭は六角柱の護符の入った蘇民袋を奪い合うのだが、この角柱の護符には星を描く場所がいくつかあるのである意味、星を奪う祭りのようでもある。ここでは詳細を書かないが、牛頭天王を調べるとやはり星を信仰した西域の遊牧民族に繋がりそうだ。

ところで五芒星といえば殆どが、安倍晴明を思い出すだろうが実は、群馬県の縄文の遺跡から発掘された土器に、星型☆の線が刻印されたものが発掘されている。時代は奈良時代との事なので、安倍晴明の時代よりも早くから星型☆の…恐らく呪符が広まっていたようだ。つまりこの星☆の護符、呪符はどこからもたらされたのかだが…。

「帝都物語」などの著者で博物学で有名な荒俣宏の五芒星に対する見解は「元来は星というよりむしろウニの棘などの”目に突き刺さる針”を表しているようだ。」と述べている。先に紹介した秋田県では五芒星をタラの木に描くのは、タラの木にも棘があって、棘の二重用法で効果を上げる、となるのだろうか。

また南方熊楠「悪意を込めた邪視から逃れる為に、星型の目印を敵にしらしめた」と述べている。”悪意を込めた邪視”と記しているのでやはり、荒俣と同じに棘で目を刺す意味としての五芒星となるのだろうか。
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古代、例えば北斗七星は季節や時刻の指針として重要視された星の並びであった。信仰の対象としても様々に表現され、特に7番目の揺光は「破軍の剣先」と云われ、剣の形で表され、争いごとで、この星の示す方角に逆らってはいけないとされた。
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山梨県に、上記の画像のような星石が発見された。太陽は、大きな丸で描かれ、月は三日月形。そして小さな丸は星である。家紋などでも星とは丸型であり、これは中国から輸入されたものというのが一般的見解だ。だから星は丸型が普通であって、日本での文化的考えからすれば、星型☆は星では無いのだ…となる。しかし星を信仰する西域の遊牧民族に星型を見る事ができるようであり、その星型の原型は西洋から来ていると云われる。

ところで荒俣宏の「帝都物語」には陸軍の軍帽に五芒星が描かれているが、その「帝都物語」での登場人物のセリフにはこうある…。


「あの印はな、陸軍が独逸型の装備を採用した時に一緒に取り入れたものだ。軍部では最初、あれを単なる飾りだと思っていたんだが、実はとんでもない代物だったんだ。ありゃ独逸の護符だったんだ。独逸ではあの星形を、大変に霊力のある紋章と考えておってな、わしが日本に紹介したいと願う文豪ゲーテの「ファウスト」にも、霊験あらたかな魔除けとして何度も登場しておる。」


荒俣宏も従来の中国説を採用すれば、五芒星とは星では無く”棘”であるとするのだが、もしも五芒星が中国経由では無く、独自に西域の遊牧民族から来たとすれば、それはすなわち星☆そのものとなる。「古代東国の民衆と社会」では、五芒星は元来、西アジア地方に起源を有するマークであり、我が国へもかなり古くから伝わっていると述べている。その古くが、縄文の遺跡にみられるわけだ。ただし東国は以前、蝦夷の国であり、その蝦夷の国に広まった五芒星が安倍晴明が後に採用したとも考えられるとも思う。

ウィキペディアで「五芒星」をチェックすると、書きかけではあるが「ピタゴラス学派」とある。詳細は記していないので別に調べてみると…。

ピタゴラス(BC582~BC496)は、ピタゴラスの定理などで知られる、古代ギリシアの数学者であり哲学者とあるが、本当は神秘主義者であったようで、数学史研究者はピタゴラスを「十分の一は天才、十分の九はたわごと」と評しているのは、ピタゴラスが新興宗教を起こして、その宗教団体の教義は万物の中心に数を据えて、霊魂不滅と輪廻転生を信じ、解脱をを得る為の修行を課したそうだが、この宗教団体のマークが五芒星であったようだ。

ピタゴラスは”一筆書きでする完全な図形”としての五芒星に神秘性を認めたという。このピタゴラスが考案した五芒星が、西洋の魔除けの呪符として受け継がれ、ドイツ軍の護符に採用されたようだ。当然の事ながら、ヨーロッパだけでは無く、シルクロードなどを経由してアジアにも伝わった可能性があるのだろう。となればピタゴラスの五芒星そのものが日本に伝わったのが遊牧民族経由であるならば、それは馬とその文化を有した蝦夷からという可能性が強い。何故なら「魏志倭人伝」では馬がいないとされていながら、蝦夷は西暦200年仲哀天皇朝を倒した応神天皇に馬を貸し出したという伝承があり、かなり以前から馬の文化を有していたとされるからだ。
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「黄金比」という本を読んでみると、五芒星は古代ギリシアでは生命の象徴でもあるという。恐らくそれもプラトンが考案した魂の輪廻思想の影響を受けてのものであろう。細かい事は省くが、この五角形に内在する黄金比は、西洋美を象徴するものであるとされる。

しかし、日本における美の象徴は、黄金比ではなく白銀比になるという。簡単に白銀比を説明すれば、正方形や長方形などの組み合わせによってデザインされている美術品や建築物などをいうようだ。つまり五角形の黄金比とは別物である白銀比の文化が根付いているのが日本という事だろう。では何故に安倍晴明は、五芒星を採用したのかだ…。

先に述べたように、五芒星の印は日本において民俗学的に考えれば、星では無く棘として説明される。それ故に、棘が魔除けとしての機能を持つものとして認識されてしまう。しかし、この五芒星が星を表すものであるならば、それは西洋の思想を安倍晴明が汲み取って採用した事になるのだろう。ではその五芒星の思想の経路はどこからなのか?という疑問は、簡単には説明できないものとなるのだが、可能性はやはり北方からの流れなのだと考える。

とにもかくにも、ピタゴラスの五芒星には霊魂が意図されていたよう。ところで「人は死んだら、お星さまになる。」という言葉がある。遠野でも、人は死んだら魂は高い山に登るとされるのも、一つは魂は天に昇ると伝えられていたからだ。高山は、その地域で一番天に近く、つの天に通じる場所とされてきた。そう山岳信仰の果てには、天に対する信仰があった。ギリシア神話で星々になった者達の物語が語られるが、これらも全て死んだ者達の魂が天に昇って星になったものである。ピタゴラスが魂の輪廻を信じて五芒星を考案したのもまた星に対する信仰があったからに他ならない。その人間の魂が行きつく五芒星は、やはり星そのものであろう。

となればその思想を含んだ五芒星がシルクロードを経て日本の北方に伝えられたとしたならば、その五芒星を意図する五角形という形は、信仰の拠り所となるのだと考える。ならば、遠野市土淵町米通りにある五角形の舘跡と呼ばれるものの正体は恐らく、安倍一族の信仰する社があった場所ではなかろうか。
by dostoev | 2011-10-17 11:50 | 民俗学雑記 | Comments(2)
Commented by グッドスノゥ at 2011-10-25 19:56 x
 まぁ、巨大怪獣を攻撃する場合にも目を狙いますし。(笑)

五角の魔除けといえば、セーマンドーマンでしたっけ。海の文化では星の信仰がどう伝わったのか、興味深いです。
Commented by dostoev at 2011-10-26 07:10
グッドスノゥ氏…確かに目は急所だから、まず目を攻撃するが有効。それこそウニを殻のまま投げられたら、一番に目を守りますよね。星の信仰に関してですが、縄文の星マークが何だったのか…棘なのか星なのか。。。
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