或る年の夏の夜、夜中に「縫、縫…。」と呼ぶ者があった。ハッと目を覚まし、辺りを見渡したが、誰も居らぬ。夢かと思い、縫は再び布団に入りトロトロとまどろんでいると「縫、縫…。」とまたもや呼ぶ声がする。縫が夢うつつの間、枕元に白衣白髭の老人が顕れた。
「我は五葉の山神である。古くからの大樹に歳経た毒蛇が棲み、その毒気が
五葉山全体を覆い、鬱々たる様。また時には、人をも殺す。この神力の助を
得て毒蛇を大樹から追い出さん。縫よ明日、雷鳴を合図に毒蛇を撃て。」
山神が語り終え、縫は夢から覚めた。世に云う枕神に立つとは是ならんと、翌日、縫は身を清めて山に入る。すると一天俄かに曇り、黒雲低く垂れ、稲妻の光、雷鳴と和して凄まじくなると、大樹の穴から青い焔が吹き出した。
雷鳴いよいよ烈しく、天裂け地も砕けるかと思った瞬間、樹洞から躍り出た大蛇の目は鏡のように、胴の太さ五升樽程で、大きな口から焔を吐き出して空を睨んでいる。その隙に縫は、大蛇に狙いを定めて、一撃のもとに撃ち殺したのだった。