安倍貞任に関する伝説は此外にも多し。土淵村と昔は橋野と云ひし栗橋村との境にて、山口よりは二三里も登りたる山中に、広く平なる原あり。其あたりの地名に貞任と云ふ所あり。沼ありて貞任が馬を冷せし所なりと云ふ。貞任が陣屋を構へし址とも言ひ伝ふ。景色よき所にて東海岸よく見ゆ。
「遠野物語67話」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
上記の「遠野物語67話」の最後に「東海岸よく見ゆ。」とあるのは、大槌湾であり、空気が澄んで晴れ渡っていれば太平洋の沖までが見渡される。また、夜でも天候次第では、夜の雲海を見る事のできる地もこの貞任の伝説の地となる。
ところで阿倍貞任伝説には、一つのキーワードがある。それは早池峰だ。早池峰山頂にもいくつかの貞任伝説があるが、この貞任山にもやはり、早池峰が遠望できる。実は、岩手県の早池峰と青森の岩木山では、狼煙で連絡し合ったという伝説があり、それを某大学のメンバーがそれを実践したところ、早池峰からの狼煙は岩木山から確認できたという。そういう意味では、この貞任山とは、沿岸を展望できる位置にあり、沿岸の動きを早池峰へと伝える事の出来る位置の山でもあったという事かもしれない。
ところで、安倍貞任に付いていった女がいるという伝説がある…。
貞女とは「ていじょ」と読む。読んで字の如く、貞節を守る、貞淑な女性の意味だ。冒頭の写真は、遠野の貞任山。この山には安倍貞任の伝説があって、安倍貞任がこの山に陣屋を構えた場所という事。そしてそれと共に、安倍貞任の側にいた女性の話があった。
戦に敗走し、この貞任山まで追い込まれてた安倍貞任。しかし、この戦に敗れる中も、一人の女性を連れて来ていたとの伝説があった。貞節を阿倍貞任だけに捧げた女性だという事。 本当の名前は伝わってないのだけれど、貞任の女として伝わり「貞任の女(さだとうのおんな)」→「貞女(さだめ)」とも云われている。と…なんとなく語呂合わせの感があるけれど、貞任の女であって”さだめの女”で”貞女”というのは…。
この貞任山の奥に三軒茶屋という地名があり、そこに及川という人物が住んでいた。この及川という人物は、安倍貞任の家臣の末裔であるといい、前九年の役で敗れた後に、この地に逃れ定住したのだという。最後は、一人残った未亡人の女性であって、その死亡と共にその家系も絶えてしまったという。この及川家は、かなり以前からこの地に住み、何故か増えてきた親族を本家を中心として、この山の分岐点ごとに住まわせていたのだと。これはどうも、祭祀の関係で、安倍貞任に関係する祭祀を永続的に守る為の施しであったようだ。