遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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遠野の菊池…その2(字(あざな)という概念)

ところで山を考える時は、360度で考えねばならないと思う。実際に山とは、360度に渡る信仰を有しているからだ。遠野にとっての早池峰はヤマセを発生させる忌み嫌うべき存在の山であっても、、盛岡側からは、太陽の昇る聖なる山だ。また沿岸地域からは、漁場の見立ての山として、古くから信仰されているようだ。つまり住む地域によって、山とは東西南北に位置するのだと。

ところが岩手県の中に、早池峰山を拠点として三山信仰が各地で伝わっている。そして特筆すべきは、そ三山信仰・三人の女神信仰を守っている家系の苗字は全て菊池なのだ。ハヤチネという音に、後で漢字があてられたと考えて、早いは太陽と風を意味するものと考える。チは「東風」の「チ」で風でもいいのだが、ここに「池」という漢字をあてているのに何か意味があるのかもしれない。

早池峰の語源の説に「早池の水の伝説」がある。里が旱魃で困っている時に早池峰の頂にある池に祈願すると、水が湧き出して里にこの水が流れ込み潤うのだ…という伝説。しかしこれも作り話であるというのは誰でもわかる。何故なら早池峰は水を有しない山だからだ。水源のある山は、手前の薬師岳だ。なので、薬師から流れる水を昔は早池峰から流れたと考えても不思議では無いが、実際に早池峰に登ってみれば、水がどこから流れてくるのか確実にわかる。だいたい、早池峰山山頂には、池など存在しないのだ。とすると「ハヤチネ」に「池」という漢字を当てる理由とは、何であろう?

遠野では昔「菊池と佐々木は馬の糞」と呼ばれ、まだ馬が道を往来している時代に馬糞があちこちに落ちていると同じくらい菊池と佐々木の姓もまた、どこにいっても落ちているという例えだった。しかし今でも遠野市の大半の姓は、菊池と佐々木の姓で埋まっている。その中でも、菊池姓のなんと多い事か…。

遠野における、菊池姓の一般的な説は九州は熊本の菊池郡説…。

足利尊氏は南朝精力を撃破した時、この足利尊氏に敗れた菊池一族を中心とした南朝は、奥州の北畠を中心とする南朝勢を頼って辿り着き、これから菊池姓が増えたという事だが…。実際は、敗者は姓名を隠して生き延びるという事からして、南朝であった菊池が堂々と菊池の看板を名乗って生き延びるというのは考え辛い。ところで北上山中に、米良菊池というのがいたそうである。ただ南朝菊池が滅亡した後の伝説的菊池であるから、歴史的事実としては疑問符が残る。

しかし伝説ではあるが、この米良菊池と呼ばれた所以は、熊野の別当であった米良氏との繋がりからのようだ。東北の熊野信者を独占的に手中にし、地元の土豪の一族や家士団の信仰と寄進の物質両面を支配していたのは、那智の西座の長官、米良氏であったと…。

遠野に古くから伝わる「わらべ歌」がある。


えっけぇどの  にけぇど

さんぐらこの  しけぇど

はせのかんのん  とがくしみょうじん

くまのべっとうさま  なぁんじょ

この”なんじょ”とは”なぁ~んだ?”という謎かけ言葉である。

この歌の中に登場する”はせのかんのん”は有名な「鎌倉」の歌にも出てくる長谷寺の観音であり、”とがくしみょうじん”は、信濃の戸隠神社。そして”くまのべっとうさま”は、熊野三山を支配している別当様なのである。かの遠野の殿様であった阿曽沼氏も、過去に於いて長谷寺→戸隠神社→熊野というルートで旅をしたとも伝えられている。鎌倉時代から、遠野での熊野信仰の根強さを物語るわらべ歌であるが…。

遠野には、かなりの数の熊野神社がある。その一つに、青笹にある熊野神社は今の熊本県から流れてきた菊池という山伏が持ち込んだ、熊野神社であると。してこの熊野神社を祀ってある集落の人々は、全て菊池姓となっている。その菊池という山伏が、せっせと励んで子孫繁栄をしたのだろうか?それて集落の全てが菊池というのは…実は納得できないのが現実だ。

明治に入り、民百姓も姓を名乗って良い事となった。しかし、南朝側について滅亡した菊池の姓は殆ど死滅しているのにも関わらず、遠野地域で誰もが挙って菊池姓を名乗るという考えもどうであろう?菊池姓の殆どは南北朝の争いで壊滅したものの、米良菊池という山伏系に保護されて、細々と生き続けたというのは妥当なのかもしれない。しかし、爆発的に菊池の姓だけが増えるというのは納得いかない。つまり、菊池という姓には、何か隠された秘密があるのでは?と考えてしまう。

ちなみに苗字の多さで全国13位に入る佐々木は、発祥が滋賀県だと云われるが、その殆どが東北となっている。また家紋繋がりで菊池の本家筋と言われる高橋家は、全国3位だ。実はこの高橋という苗字が一番多い地域というのが、岩手県の北上だ。本来高橋とは、大和朝廷が成立する以前から伝わっている氏名だという。遡れば、後漢の高祖まで辿り着くとも云われているが、ここではその説明を省く。

橋とは「ハシ」であり、「ハシ」の意味は「モノとモノを繋げる」意味だとされる。「橋」は、あちらとこちらを繋げる。「箸」は、食べ物と口を繋げる。ところが高橋とは「天と地」を繋げるものだと。つまり、神との交流を持つものの称号みたいなものだと考えて欲しい。高橋の家紋は、違鷹羽だ。これは後漢の高祖が、好んで鷹を飼っていたに由来するとも云う。これが分家である菊池氏にも伝わり、受け継がれているのだと云うが多分、明治時代に民百姓が、その家紋を模倣して現在に至るのだと思う。

つまりまず遠野の民は「菊池」という姓を選んで、その後に菊池家に伝わる家紋を模倣したのだと考える。とにかく、それだけひきつける「菊池」というものに、遠野の民の意思があったのだろう…。

ところで昔、人々は名前で呼ぶことを忌み嫌った。紫式部だろうが清少納言だろうが、本名では無い。本名が知れると、独身女性の場合は結婚をしなくてはならなかったので、逆に男共は躍起になって、想いの女性の名前を知ろうとしたらしい。

古来中国でも、本名がわかると呪われたりするので必ず字(あざな)といのを使用した。例えば諸葛亮は、諸葛が姓、亮が諱(いみな)であり、字(あざな)を孔明という。ところで字の法則性としては、諸葛亮が字を孔明としたように「亮」の意味は「明るい」である。「孔明」とは「はなはだ明るい」という意味になる。諱と意味的に関係のある漢字を使ってつける字の例があるが、当然この法則も日本に伝来されていると云う…。

「菊水伝説」というのがある。この伝説が日本に定着したのは平安の頃なのだそうな。元々は、中国からのものであるが「桃源郷」と並ぶ理想郷の話である。ある地方を流れる川の上流には菊の花が多く、菊花の雫が落ちる谷川の水を汲んで飲んでいる三十余軒の住民には百歳を超える長寿者が多い。これは菊の花が人々の心身に生気を与えているからである。またこの菊水を飲んで、長患いを治して百歳近くまで生きた武官がいた事から、都においても菊の種を蒔くようになったのだと。

また9月9日、重陽の節供に酒好きの陶潜が酒を切らして自宅近くの菊の群落の中に座っていたところ、白衣を着た不思議な人物が現れて酒をご馳走してくれて、陶潜はすっかり酩酊して帰宅したという話がある。

これらの話が平安の知識人の憧れの的となり、和歌に詠われ、屏風絵の画題にもなったという。いつしか菊は桜と共に、日本を代表する花となったのだが、ここまで根付いたのには「菊水の伝説」だけではなく、太陽が輝くような均整のとれた花形から「太陽の象徴」ともされ「日精」と称せられた…。

菊の御紋は鎌倉時代初期、後鳥羽上皇が愛好してその後、後深草・亀山・後宇多帝が継承し定着化したのだと。明治2年(1869)太政官布告によって皇族以外の菊紋の使用は禁止された。ただこれは、ほっといても大抵は「畏れ多く…。」と、使用する人物は殆どいなかったようだが…。

明治になって、苗字を自由にとなっても、当時の徳川とか松平、豊臣や織田などの姓の場合でもやはり畏れ多くて、簡単に真似はできなかったようだ。遠野の民は死んだら魂は、早池峰神社に集まり、その奥に在る又一の滝で魂は清められ、早池峰山を登っていくと伝えられている。この事から早池峰山は、いつしか遠野の魂の行き着く先となってしまったようだ。

祟りを成すだけの存在が、いつの間にか魂を浄化する山であり神社が早池峰となったのはいつの頃なのだろう?思うに、806年に建立された早池峰神社に祀られた瀬織津姫という女神は、水の女神であり、桜の女神でもあり、穢れ払いの女神でもあったのが大きいと思う。 「過去の事は水に流そう」とは、大祓祝詞↓から発生したのだと。

http://www.gos1dos1.jp/otogiyahp/kaikijoho/fushigi/norito.html

あらゆる悲しみや苦しみ、そして天つ罪と國つ罪を全て許してくれるのだという大祓祝詞の概念は、題目を唱えるだけで救われるという日蓮宗に匹敵する明快さだと思う。信仰するだけでいいのだ。そこには面倒な悟りを開く苦行も何も存在しないからだ。早池峰神社建立の背景は、ここでは語らないが、山伏系が広め伝えた早池峰信仰は、脈々と遠野の民衆の心を掴んだに違いない。

実は早池峰は「疾風峰」だったのでは?とも書き記したが、この忌むべき山の存在を変える必要性に迫られての「早池峰山」という名前の成立だったのではと考えてしまう。

早いは「お早う」という言葉の通り、太陽が昇ったという意味をも示す。太陽は、恐怖にかられる闇の世界を打ち払うものだ。昔は街灯も無く、迷信が横行した世界の中、闇が広がる夜が去りゆくのを人々は、ただじっと待っていたに違いない。盛岡側からも、遠野側からも、手前に聳える薬師岳が昔から鶏頭山と呼ばれたのは、いつの間にか早池峰山が太陽を示す山に変わった事を現すのだろう。

早池峰の「早」は、太陽の早く昇る様を示すと共に、風を示した疾風の風を「池」に変える事により「水」の豊潤さを現したものだと思う。ましてや、早池峰神社に祀った瀬織津姫は、実は天照大神と同一視もされた。つまり、早池峰という漢字をあてる事により、太陽と水を示す事によって遠野の民の心を掴んだのかもしれない。

そして…早池峰と同意義の言葉を考えると、それは菊池ではないか?と思う。「菊水の伝説」が神秘性を伴い広まり「菊」は陽が輝くような均整のとれた花形から「太陽の象徴」ともされ「日精」と称せられたのだから、菊池の菊もまた「太陽」を現し「池」は当然、水を現す。ここで字(あざな)という概念が登場する。本名を明かすのは忌み嫌われたというのは、それを知られると他人に呪われる可能性があったので諱(いみな)を隠し、字(あざな)で通すという概念だ。

プッチーニのオペラ「トゥーランドット」において、王子カリフはトゥーランドット姫の前に立ち「わたしの名前を当ててください。」と言う。これは中国ですでに名を明かすと、呪われるとは別に、婚姻を果たさなければならないという伝承をも示している。つまりここで言いたいのは「菊池」は「早池峰」の字(あざな)という概念を背負っているのでは無いか?という事。つまり字(あざな)は「菊池」であり、諱(いみな)は「早池峰」という事だ…続く(^^;
by dostoev | 2010-11-21 07:09 | 菊池氏考 | Comments(4)
Commented by K_monet at 2010-11-22 18:03
>山を考える時は、360度で考えねばならないと思う。

これ、いろいろな事に関して言えますね。

特に歴史なんて一方からの景色だけでは絶対に全容が見えない上に、仮に360度方向から観ることができたとしても、観る位置が遠すぎても近すぎても判らないところが出てきますし。
Commented by dostoev at 2010-11-22 19:25
K_monetさん、写真撮影する時も、360度から見て、どこから撮影するか綺麗に撮れるか?って考えますよね。一方向から見て「あっ花だ、綺麗♪」でパシャ!じゃ、ちょっと(^^;
Commented by Narumi at 2010-11-23 20:40 x
名字と家紋の関係については、僕も興味を持っていたところです。

自分の話で恐縮なのですが・・・
僕の父方は「高橋」で、家紋は「陣笠」です。
(宮城県栗原市で農業をやっています。)
叔父の話によると、大和朝廷に仕えていた朝鮮半島出身の人々に与えられた家紋とのことですが、ネットで調べた限りでは分かりませんでした。
僕としては、「大和朝廷に従って蝦夷を討ちに来た人々の子孫ではないか?」と考えているのですが・・・
いかがでしょうか?(笑)
Commented by dostoev at 2010-11-24 09:13
Narumiさん系図自体、お金で買った場合が、かなりありましたから、余程の家系で無い限り、適当に考えましょう(^^;
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