貞任山を訪れて、その遠方に望む早池峯と薬師を見て思う。安倍貞任は何を見、何を思ったのかと。
渡辺豊和著「北洋伝承黙示録」には、注目する記述がある…。
「ここで注意をしなければならない事がある。俘囚の自治領とされる所は陸奥では奥六郡岩手、紫波、稗貫、和賀、胆沢、江刺であり、出羽では山北三郡山本、平鹿、雄勝であって、いずれも海に面した部分はまったくない。要するに秋田、能代や塩釜のような良港からは自冶領は遠ざけられていたのである。なぜ蝦夷を海からわざわざ遠ざける必要があったのか。これに「俘囚の頭」安倍氏を解く鍵が潜んでいるのではないか。海からわざわざ遠ざけるということは安倍氏や俘囚が海に強い人々であった事を物語っているのではあるまいか。」
この記述には、ハッとさせられた。その者の力を奪うには、その者の力を発揮できる土俵から降ろせばいいのだというのは、兵法の常識である。未だ謎の安倍一族の力を奪うには、土俵の外に閉じ込めればいいのだという、当時の朝廷の謀略が働いている可能性は高い。そこで注目したいのはやはり、安藤水軍だろう。安倍一族の血を受けた高星丸が十三湊において、強大な水軍を作りえたのは、安倍一族が本来、海の民では無かったのか?という問題定義でもある。
「東日本流三群誌」では、安倍貞任が高星丸を初め、遠野へと逃がしたのだが、源義家の攻めに遭い、その後津軽へと向かわしたとある。奥六郡を本拠地としていた安倍貞任だが、この遠野の地へと息子である高星丸を逃がしたのは、安倍貞任にとって遠野という地は、大事な地であったのだと思ってしまう。
「遠野を永住の地として高星丸を遠野に逃れさした。源氏の激しい攻防で、ついに鬼門をさして東日流に逃れさした…。」「東日流三群誌」
ところで
高星丸(たかあきまる)の読みだが
「星」を
「あき」と読んでいる。「高あきまる」でフト思い出すのは上郷の日出神社の背後に伸びる
「秋丸峠(あきまるとうげ)」だ。今まで意識した事は無かったが、高こそついていないが、秋丸峠とは何ぞや?この地には鳥海館があり、鳥海(トンノミ)と呼ばれた聖域があり、安倍貞任と安倍宗任の息吹を感じる地でもある。もしかしてだが、秋丸峠とは本来、高星丸に関係して付けられた名前では無いだろうか?
「丸」とは時代にもよるが、船の名前や、中世の武士の幼名、宝剣などに付けられる事から大切なもの・疎かにはできないものにつけられたようだ。少し違うのだがミクロネシア語では「マル」は「船」を意味する。そして隠岐に伝わる方言でも「マル」はやはり「船」を意味しているのは、海人族にとって大事なものが船であったからなのだとも感じる。また星自体も、海人族にとてっては海での大事な指標ともなる。「陸奥話記」には安倍貞任を評して「魁偉」であると記されている。「魁」は、北斗七星の一番星でもある。つまり朝廷側の視点からも、安倍一族に対し"星"を意識していたのはつまり、その一族の血が海人族に由来するものからのものでは無かったのか?
その海人族にとっての大事な"星"と"丸"が付いた安倍貞任の息子である高星丸を遠野の地へと預けたのは、それだけ遠野の地が大事であり、重要な地であったのではなかろうか?今後、これらも含めて調べていこうと思う。