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「天狗・山神・山人・異人」【薬師岳山頂の大岩】 鶏頭山は早池峯の前面に立てる峻峯なり。麓の里にては又前薬師と云ふ。天狗住めりとて、早池峯に登る者も決して此山は掛けず。山口のハネトと云ふ家の主人、佐々木氏の祖父と竹馬の友り。極めて無法者にて、鉞にて草を苅l鎌にて土を掘るなど、若き時は乱暴の振舞のみ多かりし人なり。 或時人と賭をして一人にて前薬師に登りたり。帰りての物語曰く、頂上に大なる岩あり、其岩の上に大男三人居たり。前にあまたの金銀を広げたり。此男の近よるを見て、気色ばみて振り返る、その眼の光極めて恐ろし。早池峯に登りたるが途に迷ひて来たるなりと言えば、然らば送りて遺るべしとて先に立ち、麓近き処まで来り、眼を塞げと言ふまゝに、暫時そこに立ちて居る間に、忽ち異人は見えずなりたりと云ふ。 「遠野物語29」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 山と言う異界に棲む者には、天狗・山人・異人と呼ばれる者がいる。「遠野物語29」では、天狗が棲むという薬師岳において、異人と遭遇したとの話となっている。この「遠野物語29」に登場している異人は、天狗でもあるのだろうか?天狗譚は全国に沢山あるか、果たしてそれが天狗であるのかどうかわからないものも、かなりある。 写真の天狗の牙は、遠野の善明寺に伝わるものだが、この天狗の牙の由来は、水害で家族全員を失った男が、天に対し怒りをぶつけたところ、天狗となり、近隣の村々を荒らしまわっていたのだが、高僧のお経により、普通の人間に戻った時に抜け落ちた牙なのだという。この話はある意味、天狗でなく、鬼になっても良かった話である。 「今昔物語に」葛城山で修行を積んでいた僧が、ある屋敷の奥方に憑いた物の怪を祓う為に下山して、その物の怪を祓ったのだと。だが、長い修行の為か、下界の美しい女性に目がくらみ、手を出したところ、不貞の輩として、再び葛城山へと戻された。しかし女人への渇望が悪しき心へと高まり、鬼とも天狗とも判らぬ不気味な姿に変わり果て、その姿のまま下山し、切望していた屋敷の奥方と、肉欲の世界に浸るという生々しい話がある。 つまり、人間が変化した姿というのは、鬼でも天狗でも、異形のものなら、なんでも良かったのだと思う。つまり、天狗とも呼ばれるものでありながら、実際の天狗の姿とは違うものでも、天狗と呼ばれたのだという。これは、天狗に対する定義が、広く伝わって無かったものだと考える。 山口より柏崎へ行くには愛宕山の裾を廻るなり。田圃に続ける松林にて、柏崎の人家見ゆる辺より雑木の林となる。愛宕山の頂には小さき祠ありて、参詣の路は林の中に在り。登口に鳥居立ち、二三十本の杉の木立あり。其傍には又一つのがらんとしたる堂あり。堂の前には山神の字を刻みたる石塔を立つ。昔より山の神出づと言伝ふる所なり。 和野の何某と云ふ若者、柏崎に用事ありて夕方堂のあたりを通りしに、愛宕山の上より降り来る丈高き人あり。誰ならんと思ひ林の樹木越しに其人の顔の所を目がけて歩み寄りしに、道の角にてはたと行逢ひぬ。先方は思ひ掛けざりしにや大に驚きて此方を見たる顔は非常に赤く、眼は輝きて且つ如何にも驚きたる顔なり。山の神なりと知りて後をも見ずに柏崎の村に走り付きたり。 「遠野物語89」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ここに登場するのは山の神となる。その容貌には「眼は輝きて」とある。薬師岳で遭遇した異人は「その眼の光極めて恐ろし。」と表現されている。 これは和野の人菊池菊蔵と云ふ者、妻は笛吹き峠のあなたなる橋野より来たる者なり。この妻親里へ行きたる間に、糸蔵という五、六歳の男の児病気になりたれば、昼過ぎより笛吹峠を越えて妻を連れに親里へ行きたり。名に負う六角牛の峯続きなれば山路は樹深く、殊に遠野分より栗橋分へ下らんとするあたりは、路はウドになりて両方は岨なり。日影は比崖に隠れてあたり梢薄暗くなりたる頃、後の方より菊蔵と呼ぶ者あるに振り返りて見れば、崖の上より下を覗くものあり。顔は赤く眼の光輝けること前の話の如し。お前の子はもう死んで居るぞと云ふ。この言葉を聞きて、怖ろしさよりも先にはつと思ひたりしが、早其姿は見えず。急ぎ夜の中に妻を伴ひて帰りたれば、果たして子は死してありき。四、 五年前のことなり。 「遠野物語93」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー この「遠野物語93」に登場するのは何者かわからないが、顔は赤く眼の光輝ける…とあり、山の異形の者の大抵は、眼の輝きを強調している。。。 天狗は全国に広がりはするけれど、どうも東北の天狗に関しては、定まった形が無いような気がする。「天狗」という名が初めて登場するのは「日本書紀」の舒明天皇9年春で、流星を「天狗」と記しているが、これは「アマツキツネ」と読み、不吉な象徴としての表現のようだ。その為か、アマツキツネは、天狗だけではなく狐に対しても使われ、一般的には物の怪の類全般が不吉なものとしての「アマツキツネ」になっているようでもある。ところが仏教が普及している地域の天狗は山伏姿であり、もしくはインドから伝わるガルダが仏教と結び付いて迦楼羅の姿が天狗の姿の原型になっているようだ。 「今昔物語」に登場する天狗の中で、讃岐の国の万能池の主である龍王が小蛇の姿で昼寝している最中に、空中から降下し、龍王を捕まえた天狗は、そのまま迦楼羅であり、インドのガルダを彷彿させるものだと思う。とにかく、仏教の普及している地域の天狗は飛行能力に優れているのだが、東北の天狗は飛ぶというより、駆ける能力が優れている?程度となっている。その姿も、天狗として確立しておらず、山神・山人・異人なども全て同じものとして混同されていたのだろう。 天狗であり、山神などの類の殆どは、目が輝いているようだ。これは「古事記」における、ヤマタノオロチや「日本書紀」の雄略天皇紀において、蛇の目を表現するのに赤く輝いているのと同じものだと考える。中国の「捜神記」に登場する雷神を「唇は丹のようであり、眼は鏡のようである…。」という記述がある。また「神仙伝」に登場する、数十年も眼を開けた事の無かった仙人が弟子の懇願により眼を開いたところ、眼がイナズマのように光り輝き、弟子達が突っ伏したとある。他にも仙人の眼力がイナズマのようであったという話がいくつかある。これは山のモノだけではなく、人間の能力を超えているモノ達の殆どが、目の輝きが物凄いものであるという流れが日本に行き着いたのかもしれない。 土淵村字山口の石田某の家の男達は、いずれも髪の毛を掻き乱し、目は光り、見るからに山男らしい感じがする。夏の禁猟期間は川漁をしているが、それ以外は鳥獣を狩して日を送っている。この家は元は相当の資産家で田畑もあったが、男達が農を好まぬ為に次第に畑が荒れ、持て余しては売ってしまって、今は村一番の貧乏人になった。家屋敷も人手に渡し、山手の方に小さい家を建ててそこに住んでいる。自製の木弓で自由に小鳥の類まで射落とし、これを食料に足しているようである。そこから分家した次男も農をせず、狩りに親しんでいる。 「遠野物語拾遺108」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー この話に登場する男達も「目は光り」という記述がある。ただし、気になるのは、この文章全体が農民としてのものという事だ…。 資産家であった男達は農を嫌い、狩にあけくれ田畑を手放し貧乏になったとあるが、それでも男達は狩に親しんでいる。つまり、当人達は不幸であるという認識がないのではないか?現代の遠野でも言われる事なのだが、蛇を食べる人物は、目がギラギラと輝いているのだと。これは蛇を食らう者を蔑んでいる話でもある。 蛇は山から訪れて、田畑を荒らす雀や野鼠を捕獲し食べるという事から、農民の守り神という意識もある。しかし本来は、山に鎮座する神が蛇でもある。その山のモノである蛇を食べる者とは、やはり山のモノであるという事なのだと思う。農民の視点から、山の民や習俗は価値観が違う。つまり、水と油みたいな存在である事を、この「遠野物語拾遺108」は示しているのだと思う。 弥生時代となり、農耕生活となった為に、日本の物語の殆どは農民主体の視点で書かれているものが多いのだと思う。その為なのか、縄文時代の生活習慣を持つ者達を蔑んでいる感覚が物語りに潜んでいる。山という異界を生活の場とする者全ては、物の怪の類にされてしまっている感がある。 仏教が普及し、修験道の権化のような天狗は、仏敵として扱われ「日本霊異記」「今昔物語」に登場する天狗の殆どは、仏の力に屈している。つまり「日本霊異記」も「今昔物語」もまた、仏教の力を誇示するプロパガンダとしての書物なのだと思う。つまり農耕民族の視点からも、仏教側からの視点でも、山の民は蔑むべき存在。また、山の民を魔物とする事で、差別化を図った為、魔物としての山の民の誕生では無かったのか?その魔物である山の民を見分ける方法が、赤い顔であり、眼の輝きなのだと考える。。。。
by dostoev
| 2009-02-12 21:00
| 民俗学雑記
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