遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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ちょっと荒川高原まで

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昨日の午後から暇だったので、夕方になって、ちょっと荒川高原まで行って見た。
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最近この時間帯に外に出る事が無かったので、本当に久々、夕日の沈むところを見た気がする。
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夕暮れの、早池峯&薬師岳。
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1本の木に辿り着いた。今日は、この木を中心に見て行こうと思った。暗くなったとはいえ、まだ星が見えるまでかなり時間がある。
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少しすると、やっと一番星が見えた。すると次々と、二番星、三番星と続く。
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陽が沈んだ西の方向は、やはりまだかなり明るい。
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完全に暗くなるまで、夜の八時を過ぎないといけないようだ。少し前まで、夜明けが遅く、日の暮れるのが早い夜の長い冬を体験していたので、春を過ぎてもう夏になったのかという感じが不思議でたまらない。
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星が、かなり沢山輝いて見えるようになった。この頃で、やっと8時半頃となる。
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次第に雲が広がって来て、星が見え辛くなってきた。この時間帯で撤収とする事にした。この日のこれまで遭遇した野生動物は、鹿数頭。兎一羽。狸二頭くらいか。
# by dostoev | 2017-05-22 09:03 | 遠野体験記 | Comments(0)

金糞平の桜へ

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以前、金糞平の桜を見たのは、2013年5月18日だった。今日2017年5月19日、ふと気になって行って見た。
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実は、去年の秋の台風以来、貞任・白望山方面へ足を向けた事が無かった。今でも笛吹峠が通行止めとなっており、各林道も通行止めの場所が、かなりありそうだと思っていた。案の定、金糞平へ行く林道は、途中で通行止めとなっていた。そこで車を乗り捨て、歩いて行く事にした。
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暫く歩くと、どうやら崩壊した場所に到着したようだ。
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これでは、車での行き来は無理である。予算と人員を確保しない限り、当分は通行止めのままだろう。
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林道を削って、ここを大水が流れ落ちて行ったのだろう。生々しい現場だ。
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歩くたびに、えぐれた林道が目に付く。
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水によりえぐられた道は、まるで大蛇が這った跡にも見える。昔の人が、水害と大蛇を結び付けたのがよくわかる。
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そしてやっと、金糞平の桜が見えた。
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桜は半分散って、葉桜になっていた。あと3日、いや5日早く訪れていれば満開の桜を見る事が出来たか。
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風が吹く度に、桜の花びらが散る。丁度、散り際に来たと思えば、これはこれで良かったと思う。
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ついでに金糞平の名の通り、金糞を探してみた。すると、地面に半分埋まっている金糞を発見。
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山の新緑は徐々に増えつつある。
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早池峯は、今日はクッキリ見えた。
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風車の遠くに、未だ雪に覆われた奥羽山脈が見える。今日は、本当に良い天気だった。
# by dostoev | 2017-05-19 14:32 | 遠野体験記 | Comments(0)

早池峯神社ガイド(桜の残存)

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再び、早池峯神社へ。最近は、座敷ワラシ期待で早池峯神社を希望する客が多かったが、今回は瀬織津比咩を参詣したい為だった。その早池峯神社の桜は、先週にはかなり既に散り始めていた。しかしまだ、早池峯神社へ行く途中では、咲き誇っている桜もいくつかみかけた。そして早池峯神社の境内の桜は散っていたが、桜の樹の側にあるいくつかの石に、桜の花びらが沢山ついていた。早池峯神社の、桜の残存であった。
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早池峯神社の鳥居を潜った境内は、東からの陽光で、かなり明るく感じた。
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無事に、参詣を済ますお客さん。
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来た時の境内の明るさは、太陽が雲に覆われ光が遮断された為、かなり暗くなっていた。
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お客さんは拝殿前の銀杏の木に、かなり魅かれたらしく、二人で木を囲んでいた。
# by dostoev | 2017-05-16 15:39 | 御伽屋・幻想ガイド | Comments(0)

遠野不思議 第八百五十四話「フクロウ(梟)」

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「遠野の野鳥」によれば、低山帯の森林に生息し、古木の洞穴などに巣を作ると。つまり、そういう環境があれば人の生活圏内でも棲みつくのがフクロウ。餌は野ネズミなどなので、ノスリとも競合するか。

アイヌではフクロウの事を「コタンコルカムイ(村の守り神)」と呼ぶ事からも、人の生活圏に棲む鳥だとわかる。「萑」という字はフクロウであり「舊」という漢字は「臼」の上に「萑」が乗っている形。その意味は、フクロウが人の魂を奪わぬように器に縛り付けてある漢字となる。「古事記」では、死んだヤマトタケルが白鳥に姿を変えて、空へと飛んで行ったと信じられたが、フクロウは人の魂を運ぶ存在と思われたのか。西洋ではコウノトリが赤ん坊という生者の魂を運ぶ存在だが、夜の使者の様でもあるフクロウは、死者の魂を運ぶ存在と思われたのだろう。
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# by dostoev | 2017-05-13 21:32 | 遠野の野鳥 | Comments(0)

遠野不思議 第八百五十三話「オシドリ(鴛鴦)」

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オシドリは、遠野でもよく見かける鳥だ。オシドリは”おしどり夫婦”とも呼ばれ、仲睦まじい夫婦の代名詞だったが近年、オシドリも浮気する事が発覚した為、今では”おしどり夫婦”も死語になってしまっただろうか?

画像は、4月の初冬に上郷で撮影したもの。たまたまカメラを手にしている時にオシドリを発見したので、木陰からこっそり撮影したもの。もっと近くから撮影しようと近付いたら、速攻で逃げられた。やはりバードウォッチングは迷彩色のテントなどに隠れて、待機する撮影がベストなのだろう。しかし、そんな時間を取れないので、この程度で我慢するしかない。
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野鳥の撮影といえば、故・時田克夫氏が遠野では有名だったが、その時田氏の写真集でもある「遠野の野鳥」を見ると、オシドリが珍しく木の上でくつろいでいる写真を載せている。ただ「遠野の野鳥」は、全般的に画質が荒いのと、野鳥の名前がランダムで、階級分類、もしくはアイウエオ順に並んでいない為に、照らし合わせるのに面倒である。また時田氏の時代と、現代になっての野鳥の生息・分布も変わった可能性もある為に、誰か代わりに「新・遠野の野鳥」でも撮影し出版してくれないだろうか?「遠野の野鳥」の発行元は図書館になっているので、遠野市の予算が出るなら、野鳥が好きな人なら遠野市にかけあってみるのも手だと思う。
# by dostoev | 2017-05-13 16:23 | 遠野の野鳥 | Comments(0)

遠野不思議 第八百五十二話「ホオジロ(頬白)♂」

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たまたま山道を車で走っていると、車の前を茶色系の鳥が横切った。一瞬『スズメ?』と思ったが、取り敢えずカメラを向けてみた。野鳥は素人なので、見た瞬間になかなか鳥の識別が出来ない。帰って図鑑に照らし合わせてみると、ホオジロだった。ホオジロは名前だけは知っていたが、生の姿をいちいち確認した事が無かった。野鳥を撮影して図鑑で確認し、こうしてブログの記事に書く事で、やっと覚える事が出来る。そういう意味では、野鳥を撮影し確認する遊びも、自分自身の為になるのだなぁと実感。

ちなみに時田克夫氏「遠野の野鳥」と照らし合わせると、どこにいても見られる鳥だというそうな。つまり、自宅からも見ていた可能性のある野鳥だったという事。興味が無いと目に入らないものであるから、これからはもう少し意識しようと思う。

ウィキペディアでホオジロを確認すると「ホオジロ(頬白、Emberiza cioides)は、スズメ目ホオジロ科ホオジロ属に分類される鳥類の一種。東アジアに広く分布し、顔の模様とさえずりが特徴的な小鳥である。」

残念な事に、さえずりは確認していない。

「成鳥は全長17 cmほどでスズメとほぼ同じ大きさだが、尾羽が長い分だけ大きくみえる。」

確かに、瞬間的にはスズメかと思った。スズメの多い街中で目撃しても、やはりスズメと間違えそうだ。

「春になるとオスは草木の上に止まってさえずる。地域や個体による差があるが、さえずりの節回しは独特で「ピッピチュ・ピーチュー・ピリチュリチュー」などと聞こえる。この鳴き声の聞きなしとして「一筆啓上仕候」(いっぴつけいじょうつかまつりそうろう)「源平つつじ白つつじ」などが知られている。」

上記の「一筆啓上仕候」は”聞き做し(ききなし)”と云われるもので、鳥のさえずりなどを人間の言葉、或は意味のある言葉にして憶えやすくするもの。もしくは、個人的に”聞こえた”ものを個人的な感性で文章化したものと思えばよい。例えば「遠野物語拾遺118」に登場する「あい東だか西だか」も、側の木に飛んで来たモノ(ムサザビ)の鳴声を感覚で文章化したもので、意味は無い。犬の鳴声や猫の鳴声が地域や国によって表現が違うのと同じである。どちらかというと、歴史の年号を覚える為の暗記方法に似ているか?ただし、実際にホオジロの声を生で聴かないと、やはりピンとはこないだろう。バードウォッチングでは無いが、鳥の鳴声を覚える面白味を持てば、野山に行った時の楽しみが増えるのではなかろうか。
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# by dostoev | 2017-05-11 16:29 | 遠野の野鳥 | Comments(0)

熊除けの鈴

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五月の連休中に、遠野の山々を登る為に泊った客がいた。最終日、石上山に登りたいからと、登山口まで車で送って行き、下山したら電話をくださいと話して別れた。その3時間後に電話で連絡が来たので迎えに行った。すると、熊と遭遇したという。

熊と遭遇したのは沢の所という話だったので、馬留の手前辺りかと思う。それか、幻の滝の辺りだろうか。それなりに距離があったそうだが、熊除けの鈴を持っていたので、鈴を鳴らせば熊が逃げるかと思い、熊除けの鈴を鳴らしたと。しかし、その鈴の音には全く反応せず、暫くして、やっとこちらの存在に気付いて睨めっこが始まったそうだが、その後すぐに熊は去って行ったそうな。

遠野の朝、学校へと通う小学生が通ると「チリン♪チリン♪」という鈴の音がする。どうやら熊除けの鈴を付けて登校しているようだ。以前、遠野駅から歩いて5分程度の幼稚園にも、熊が出没したくらいであるから、山がそばにある遠野小学校も、熊対策からの熊除けの鈴を付けての登校推奨であったか。とにかくホームセンターへ行っても、釣り具屋に行っても、必ず熊除けの鈴が売っている。また、山へと山菜キノコ採りへ行く人々にとっての必須アイテムが熊除けの鈴となっているようだ。「鈴を鳴らせば熊は人間が来たと思って逃げる」「存在を知らせる為に必要」とは云われるが、今回の石上山での熊との遭遇に、全く役に立ってないのはどういう事か。

以前、北海道で知り合った自然保護協会の会長さんに、さんざん熊の恐ろしさを聞かせられた事がある。そういう会話の中、個体によって性格が違うという事を言っていた。鈴の音を聞いて逃げる熊や、逆に好奇心旺盛な熊は寄って来ると。つまり、熊の個体によって反応が違うというのが正解か。確かに自分の兄弟や子供も、同じ血を分けていながら、性格が違う。あとは確率論だけになろう。

ところで家の猫の話になるが、そういえば何度か家の猫に向って鈴を鳴らした事があったが反応があった記憶が無い。鈴の音よりも、手でガサガサと音を立てるか、風で木々が揺れる音、人々の足音など、自然な音に反応している。自然界に無い鈴の音を学習する場合は、パブロフの犬の様に人為的なすり込みが必要ではなかろうか。そういう意味では、常時熊除けの鈴を付けて歩くのは悪いわけじゃない。ただし、経験豊富な熊には有効でも、子別れ、親離れををしたばかりの熊には影響が無いのかもしれない。例えば雪融け後の春先に、山へ行って見ると、子ぎつねや子テンが車の前に出て来る時がある。子テンなどは過去に二度程、車に向って威嚇してきた。つまり怖いもの知らずとは、経験不足でもある。猫も、車の怖さを覚えないと、車に轢かれて死んでしまう場合が多々ある。生き残ってきた個体とは、勇敢な個体では無く、警戒心が強く臆病な個体であると思うのだ。

結局熊除けの鈴とは、効果の無い訳では無いが、過信は禁物だという事だろう。逆に、熊除けの鈴の音に魅かれて寄って来る熊の方が怖い気がする。それ故に自分は、熊除けの鈴を付けたいとは思わないし、今までも付けた事が無い。それでも生身で熊と遭遇した事は幾度とあるが、襲われた事は無かった。ただそれは、運が良かっただけだろうか?
# by dostoev | 2017-05-09 09:54 | 民俗学雑記 | Comments(0)

大同年間の事などなど

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岩手県だけでなく、東北全体に建立された神社仏閣の年代の多くが坂上田村麻呂に縁を持つもので大同二年、もしくは大同元年とされている。それが現在も奇妙だとされ、まともに扱われてはいないのが現状だ。それは大同年間に坂上田村麻呂は、既に東北の地を去っている為に、おかしいとされているのだ。

大同年間に建立されたという神社仏閣が東北に多いのは、大同年間が恐らく東北の文明開化の年では無かっただろうか。蝦夷国では、山は直接拝むものであって、神社を建立して拝む文化は無かった。それが蝦夷国が平定されて落ち着いた頃に、朝廷側の文化である神社仏閣建立の波が押し寄せたのが大同年間では無かったか。

江戸時代後期の町人学者である山片蟠桃(1748~1821年)は、過去の歴史上の聖山の開山及び神社建立は、下記の様に私利私欲の為であると批判している。

「役小角・空海・行基・最澄をはじめ、その他の高僧、貴僧と称らせれているものは、みな無鬼のことをよくわきまえてのち、人主を欺き、権家を偽り、堂社を建てさせ、本地垂迹そのほか、さまざまの偽飾をのべて自分の私欲をはたし、開山・祖師と尊ばれて、千年の後に至っても祭祀され…。」

奈良の大仏を建てようとしていた聖武天皇時代に、東北で金が発見された。それまでの金は輸入に頼っていたものが、国内で発見された事は大きかった。まあ発見されたというか、既に東北には採掘・治金の技術が合って、その金を献上したという事になるのだろう。しかしそれによって東北は、大きな注目を浴びる事になり、多くの宗教人が東北に足を向けた。山の沢沿いに、不動の滝や不動岩と名付けられているものがあるのは、かって山伏が山道を開発した名残りだと云われる。山伏を中心に、東北の山々は調べられ、採掘されていった。故に山片蟠桃の言葉は、間違いでは無かった。

話は飛んでしまったが、延暦21年(802年)に坂上田村麻呂は、アテルイ・モレを降伏させ、処刑までに至っている。つまり蝦夷のボスを倒したのが坂上田村麻呂だ。蝦夷国平定後でも、反逆の火はくすぶっていた様だが、サル山のボスザル争いでは無いが、アテルイを降伏させた坂上田村麻呂はある意味、蝦夷国のボスの座に就いたとの判断がなされたのかもしれない。そのボスの威光を借りて神社仏閣の由緒に坂上田村麻呂の名を組み込んだのは、アテルイを降伏させた坂上田村麻呂の生々しい力の記憶を呼び起こさせる為、つまり坂上田村麻呂の名とは、建立された神社仏閣を守る為の魔除けの意味合いを持っていたのではないか。
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ところで、遠野側と大迫側の早池峯神社の由緒に若干の違いがある。遠野側は、あくまで大同元年に始閣藤蔵が早池峯山頂に奥宮を建てたとするが、大迫側の由緒には遠野の始閣藤蔵を登場させ、同時であったと云う由緒にしている事から、あくまで遠野側を意識した由緒としている。ただ気になるのは、大迫側の由緒に二荒山の伝承らしき記述がある事から、後の時代に拝借し創ったものではないかという疑念が生じる。

早池峯山頂の奥宮は、背後を北とし、前方には遠野が広がる。早池峯妙泉寺という里宮は、斉衡年中とされる事から、奥宮建立の約五十年後の事になるのだろうか。その建立に名を連ねるのが慈覚大師円仁であるが、それが正しいかは別として、比叡山延暦寺を総本山とする天台宗が、早池峯妙泉寺に関わったと云う事が重要だろう。天台宗は星の宗教とも云われる様に、北辰を重要視する。かの比叡山も北斗七星が降った霊山とされている事から、この早池峯にも北辰という信仰を重ねただろうと推測される。何故なら、大迫の田中神社側も認めている様に、大迫の早池峯神社は、遠野の早池峯神社の遥拝所として建立されている。事実、早池峯を信仰する神社であるなら、その背後に早池峯が来なくてはならないのだが、大迫の早池峯神社は、遠野の早池峯神社側に向けて建てられている。これは、遠野の早池峯神社経由で、北に聳える早池峯を拝むと云う方違いの呪術でもあるのだと思える。つまり、遠野側の早池峯妙泉寺が建立された後に、遠野側に向けて大迫の妙泉寺が建立されたものであろう。だからこそ、由緒にも遠野側が大同元年としているのに対し、大迫側が大同二年としている年代のズレは、大迫側が遠野側より遅く建立したという証明を暗に認めている為であろう。

「遠野の社寺由緒考」を記した大川善男氏が指摘していが、南部氏は各藩の由緒を南部藩の歴史に組み込んで改竄しているという。例えば上郷町に伝わる中井明神と云う龍神を従える伝承もまた、南部藩の威光を伝える為に捏造したものであろう。早池峯と関係ある寺社に、東禅寺というものがある。その東禅寺は臨済宗であるとされるが、大川氏は東禅寺の礎石などから推測して、それは天台宗のものであると断定した。その東禅寺の無尽和尚とは、ある意味謎の人物ではあるが、盛岡の東禅寺との関係も指摘されている。しかし、東禅寺跡が天台宗であったならば、それは恐らく早池峯妙泉寺の別の里宮であった可能性がある。そして、天台宗において"無尽"とは北辰を意味する言葉でもある事から、やはり無尽和尚とは、天台宗の僧であると思わざる負えない。それでは東禅寺という寺社名はどこから来たものかと思えば、やはり南部氏の介入を疑ってしまう。
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東禅寺跡の側に、何故か南部守行の墓がある。南部守行(1359~1437)は、三戸南部氏第13代当主であり、しばしば遠野にも出勤したと伝えられる。1437年、大槌孫三郎との戦で流れ矢に当り死に、その遺体は遠野の東禅寺まで運ばれ埋葬されたというのが常々疑問だった。その南部守行の墓は、南部守行の墓を中心に殉死者十二名の墓が左右に配置されている。いわゆる十三塚となっている。殉死者という事は、南部守行を埋葬した後に家臣が後を追って自決したという事になるか。しかし、それは有り得ないだろう。恐らく本来は、薬師如来と十二神将の信仰を、南部守行に変えて被せたものではなかろうか。何故なら薬師如来は、妙見神の本地でもあるからだ。この東禅寺跡が星の宗教と呼ばれる天台宗の地であったならば、当然の事ながら北辰を中心とした信仰形態であったと考える。道路を隔てて、この南部守行の墓と東禅寺跡は向かい合わせとなる。これは早池峯と山師岳の関係にも似通っている。そして阿曽沼氏の居城であった、旧横田城跡に薬師堂と妙見の碑がある事を考え合わせると、阿曽沼氏を裏切る形で為政者となった南部氏は、あくまで盛岡南部を中心とする基礎を作る為、信仰面の改竄を施した結果が、創られた遠野東禅寺の伝承では無かっただろうか。南部守行を、意図的に不動の北極星に据えようと考えたのだろう。とにかく岩手県の歴史は、かなり南部氏によって改竄されたような気がする。阿曽沼氏もまた、同じ事をしたのかもしれないが、最終的に残っている文献は南部氏の息のかかったものであるから、阿曽沼氏の意図までは断片的にしかわからない。早池峯という山を巡っての支配の遍歴が、あらゆるものを隠している可能性はあるだろう。岩手三山の伝説に、男山は岩手山で、本妻は姫神山、妾は早池峯。いやそれば逆であるなどというものがあるが、これもまた支配の遍歴の名残からのものであろう。遠野の町も、時代と共に変化していった。恐らく当初は、土淵から附馬牛にかけてが遠野の中心であり、支配していたのは安倍氏であったろう。そして奥州藤原氏滅亡の後に、遠野を統治した阿曽沼氏が松崎の山に、横田城を築き、町を作ったのが鎌倉時代。その後の17世紀後半に、鍋倉山に横田城を移転させ、その城下に遠野の町を作り、現代に至っている。為政者の交代による信仰的支配の変遷が、遠野の伝承を複雑なものにしているのかもしれない。九州の俘囚の者達の記録に、瀬織津比咩の名を呼ぶ記述の古文書がある事から早池峯信仰は、山の女神である瀬織津比咩への信仰が、観音信仰より早かった可能性がある。天台宗の布教により、神への信仰が観音信仰に変化したのかもしれない。とにかく、岩手の歴史と信仰の、あらゆるものの見直しが必要であろう。
# by dostoev | 2017-05-08 22:38 | 民俗学雑記 | Comments(0)

早池峯神社の花々

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早池峯神社も春真っ盛りで、境内に咲いているのは何も桜だけでは無い。それでも桜が主役には変わりないか。
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カタクリの花もピークは過ぎつつも、かなり咲いている。
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花以外にも、ゼンマイなどが命をもたげていた。
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この神社の杜に、色々な花が咲いていた。
# by dostoev | 2017-05-07 18:30 | 遠野の自然(春) | Comments(0)

早池峯神社の桜

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早池峯神社の桜はどうか?と、見に行って見た。しかし今日は強風で、一気に咲いた桜が風に負けて散っている様にも見えた。これで今年の桜も、見納めになると思う。
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# by dostoev | 2017-05-07 18:12 | 遠野の自然(春) | Comments(0)