遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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早池峯神社へは?

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先週の金曜日は客のリクエストに応えて、再び夜の早池峯神社へと行ってきた。この時期になると空気の冷たさが、かなり身に染みて来る。今の遠野は雪が降っているが、先週はまだどうにか雪景色にはなっていなかった。それでも遠野の街と、早池峯神社との気温の差は、かなり差があると体感したものだった。もちろん早池峯神社の方が、かなり気温が低い。5度は違うのではなかろうか。
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早池峯神社を希望する観光客は、二通りいる。一つは、早池峯大神への参拝だ。そして一つは、座敷ワラシへの期待。
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4月29日に"座敷ワラシ祈願祭"として早池峯神社では、座敷ワラシ人形に魂を入れて販売している。ただしその魂とは"早池峯大神"の魂であるという事だ。画像の樹齢千年を超える杉の大木には、座敷ワラシが覗いていたとの伝説もある古木である。早池峯神社の信仰には、地域によって「一生に一度だけ、無理な願いを叶えてくれる。」と信じられているものがある。これは、糯苗を盗んだ男が持ち主の発覚を恐れ、糯稲の穂を粳稲の穂に変えて欲しいと早池峯の神に祈願したところ、それを叶えてくれた事によるものからだ。そういう面では、早池峯の神も座敷ワラシに通じるところもあるのか。
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やはり座敷ワラシに関係する場所は、撮影しようとする観光客。どこかに写って欲しいという願いもあるのだろう。
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夜の早池峯神社は暗い。それでも夜の参拝客が来るからなのか、センサーで照明が点くようになっている。
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神社の参拝時に、何かを祈願する人が多いと思う。その時に、早池峯大神に対峙した時はわかるのだが、座敷ワラシ期待で来た参拝客は、どう思い願っているのだろうか。
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最近、早池峯神社をパワースポットと認識して来る人が多い。「パワースポット」という用語と雰囲気は、かの電通が世に流行らせる為に企てたらしい。それを媒介させたのはテレビであるが、見事にはまった感がある。神木に触れるとパワーを授かるらしいと広まり、抱きつく人も出て来ている。某神社の宮司さんは、それで困った話をしていたのを思い出す。遠野の早池峯神社でも、不思議な体験や現象に遭遇する人もたまにいる事から、そういう認識を持つ人も多いのではなかろうか。ただ、普段はまったく人けの無い早池峯神社であるから、多くの人が注目してくれるのは良い事だと思う。
# by dostoev | 2017-11-21 07:13 | 御伽屋・幻想ガイド | Comments(0)

一枚の猫の絵

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宿泊されたお客さんが猫好きだったらしく、熱心に家の猫を愛でてくれていた。そして、知らない間に一枚の猫の絵をスケッチし、彩色してくれたものをいただいた。

この方は元々美術の先生であったらしく、今度は栃木県で書家の人と個展を開くという。そのチラシを貰ったので、ここで紹介したいと思う。どうやら絵よりも、尺八の方が達者らしく、師匠を超えたほどの尺八奏者らしい。だからなのか、個展での絵が「尺八楽譜絵」となっており、普通の人が見ても、何を書いているかわからない。恐らく、尺八から響くであろう音を、書で表現したのが今回の個展なのだろうと思った。
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# by dostoev | 2017-11-06 21:03 | 民宿御伽屋情報 | Comments(0)

昨夜の夜ガイド

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佐々木喜善賞を受賞した二人を連れて、まずは耳切山経由で荒川高原へと行き、動物探索。月夜が明るく綺麗な晩で、月に照らされた荒川高原を眺める。
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今回のメインは、荒川高原を下りウロ淵(河童淵)経由で、人の産まれた岩の夜探索だった。自分も夜は行った事が無かったが、道のりを思えば大丈夫だろうと思った…。
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この人の産まれた岩への道は、地盤が緩い傾斜を進むので、慣れてないと足が滑って、人によっては、まともに進めないのが難点か。といっても、自分は苦労した事が無かった。
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画像はまるで、岩に異次元へと引きずり込まれるように写って見えた。

帰りもまた、暗い中滑る傾斜を恐る恐る進む。



途中でライトの充電が切れてしまい真っ暗になったが、そぐに帰れると思い、車のエンジンとライトを点けっぱなしにしていたのが、帰りの目標になった。
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最後は、早池峯神社に参拝して終了。

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上空は、雲が覆っていた。
# by dostoev | 2017-11-05 16:25 | 御伽屋・幻想ガイド | Comments(0)

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昨夜、同級生から電話が来て庭木をライトアップしたので撮影に来ないかと。暫くし、仕事を終えてから、夜の8時過ぎに参戦。いくつものライトを照らして、雰囲気を出していた。取り敢えず、1時間足らず、お邪魔してきた。
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夜の暗闇を真っ赤に仕切る、とばりになっているかのよう。
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とにかく、真っ赤。鮮やかな赤色が、暗闇に浮かび上がっていた。
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月が出ていた…。
# by dostoev | 2017-11-02 16:11 | 遠野の自然(冬) | Comments(0)

遠野不思議 第八百六十八話「遠野祭りポスター」

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遠野を代表する写真家であった浦田氏の生前は、遠野祭りのポスターの写真も手がけていた。その中で特に印象的だったのが、早池峯神社山門にある神像の顔のドアップ。年月を経てボロボロになった神像の顔は、まるで異形の化物のようにも感じた。実際、このポスターを自分の宿の廊下に貼ったところ、小さな子供が怖くて逃げだしたり、泣きだしたり。その為、その子供の親から「ポスターを外してもらえませんか?」と頼まれた程、子供にとっては恐ろしいポスターであったようだ。最近のポスターは、祭で踊る女の子のアップが殆ど。やはり画像の遠野祭りのポスターは、歴代の中でも異彩を放っている。
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このポスターを引っ張り出し、再び貼ってみた。このポスターを観た時の、現代の子供の反応が興味深い。
# by dostoev | 2017-11-01 12:11 | 遠野不思議(その他) | Comments(8)

修験の見た遠野風景と想像

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山名というものは、誰かが付けたのだろうが、どういう意図を持って付けたのかは記録が無い限り想像の範疇にある。ところで、今では雲海を眺める事の出来る人気の山に、高清水山がある。その高清水山の以前は"鶴音山"と云ったそうな。実は以前にも、この鶴音山の記事を書いている。今回は、もしかして?と思うところがあったので、再び鶴音山について書こうと思う。

画像は、遠野盆地が雲海に覆われている様。その雲の海に対し、真ん中から矛を突き刺しているかのような山が高清水山であり鶴音山で、それに連なるのが天ヶ森だ。
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天狗の話が残る天ヶ森だが、里から見る天ヶ森には、何故か神秘性を感じない。しかし薬師岳から雲海に覆われた遠野の里を見下ろすと、高清水から天ヶ森にかけては、まるで日本神話に登場する伊弉諾と伊邪那美が混沌とした大地をかき混ぜたという天沼矛を彷彿させる。それ故に以前、天ヶ森は天沼矛の様なものとして修験が考えたのではないかとも書いた事がある。とにかく山を支配していたのは、修験であった。金を探しに来た修験は、その足跡として不動などの名前を残していったとされる。それが山の沢沿いに残る不動沢であり不動岩であり、不動の滝などがそれにあたる。そして修験は山の頂に立ち、遠野であれば遠野の地を、信仰の中からイメージしたのではないか。当然、その中には山名も意識し名付けたのだろうと思えるのだ。
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天沼矛では無いかと考えた鶴音山から天ヶ森にかけてをよく見ると、鶴の首から頭にも見える。

青笹町に鶴巻田という地があるが「ものがたり青笹」によれば、その由来は鶴が舞った地として伝わっている。田んぼに鶴が飛んできて餌をとったので鶴巻田という地名が付いたというものの他に、昔大きな沼があり、そこに毎年鶴が飛んで来て舞ったので鶴巻田という地名になった。また別に、ある時鶴が飛んで来て、誰かのお墓を旋回したのが地名の起こりだという話もあるが、何となく岩手県に伝わる「鶴女房」の民話の前ふりのような表現でもあるが、どれも然程古い話では無いようだ。後は南部氏の家紋の由来に鶴が登場するくらいだが、しかしその鶴が現れた場所は遠野では無い。鶴が遠野に来たとの記録が無い事から、高清水が以前「鶴音山」であったとされる由来に、実在の鶴が関与したとは考え辛い。一番は、古老が鶴音山が「がんのんやま」と呼んだ事から観音の変化かと思うのがすんなりと受け入れやすい。ただ観音といえば松崎観音が思い浮かぶが、松崎観音はどちらかというと天ヶ森の麓に属す。それ故に、高清水が"観音山(かんのんやま)"であったというのも、少々無理があるか。鶴の古い呼称が「くわく」であり、それが時代と共に「かく」に変化している。つまり本来「鶴音山(くわくおんやま)」であったのが「かんのんやま」、そして遠野流に濁点が付き「がんのんやま」に変化したのは有り得る事か。しかしそれならば「鶴」はどこから来たのかと考えれば、その山容に関わる可能性も否定できない。先に書いた様に、高清水山から天ヶ森にかけてが鶴の首から頭の様にも見える。雲海に突き出すような天ヶ森の尖った先端は、まるで鶴の嘴のようでもある。後は、想像力の問題である。そう感じない人もいるだろうし、そう感じる人もいるだろう。ただ、ここでの想像力とは古代の修験者に蓄積された知識であり、信仰による意識下からくるものとなるのだが。
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古代人の視力は、かなり良かったらしい。更に、夜目もきいたらしい。ただ現代人である自分が薬師岳の頂に立ち、遠野の町を遠望しても、高清水山から天ヶ森の特異性をはっきりと見て取れた。あくまでも想像だが、古代人でもある修験の者が、高清水から天ヶ森を見た場合「あの山は何だ?」と意識する程の特異性を持っている。鶴と感じるのもそうだが、もう一つ感じるものがある。それは、早池峯山と薬師岳である。
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鶴音山と天ヶ森が連なる山容が、まるで早池峯山と薬師岳の並びに似通っている。まるで疑似早池峯&薬師岳の様でもある。阿曽沼は、鶴音山の麓に横田城を築いた。しかし地形的にも背後から敵からの侵攻を受けそうなこの鶴音山に、何故城を築いたのか?同じ時代を生きて来た阿曽沼氏が、源義経による一ノ谷の戦いを知らなかったわけでは無いだろう。そのリスクを冒してまで、鶴音山の麓に城を築いたのは何故か?その山容から、天ヶ森は薬師岳となり、鶴音山は早池峯山となるのだろう。つまり阿曽沼氏は、早池峯山の麓に城を築いたという事になろうか。となれば、阿曽沼氏の根底には早池峯信仰があった事になる。「鶴音山」が本当に「観音山」であったのならば、その観音とは早池峯の神の本地である十一面観音という事になろうか。山も含めて様々ものには異称・別称というものがある。一つの山に対しても、またいくつかの呼び名があった可能性もあるだろう。ただ、それを理解し名称を付ける事の出来たのは、山を支配した修験の者だけであった。今回、その修験の者が登り立ったであろう薬師岳から遠望した遠野を見て、感じたままに書いてみた。
# by dostoev | 2017-10-25 19:40 | 民俗学雑記 | Comments(0)

隕石が落ちたら…。

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この画像は深夜、霧に覆われた遠野盆地上空に輝く月。夜霧の影響から月光は眩い光りとなって、まるで隕石が遠野盆地に向けて落下しているようにも感じた。隕石と言えば、映画は観ていないが漫画では確認した「君の名は」のストーリーに、彗星の破片が隕石となって落下し、町が消滅し湖になったという設定があった。

遠野は、アイヌ語の「トオヌップ」という「湖のある地」の説もあるが、これは考古学者によって「湖では無く、恐らく尾瀬みたいな湿地帯だったでしょう。」と、やんわりと否定されている。しかし、本当に隕石が落ちたら「君の名は」みたいに遠野の町は消滅し、湖になってしまうのだろう。遠野盆地は、全て水源を有する山に囲まれている。昔よりは水量も減ってはいるが、もしもの隕石による窪みに、遠野盆地の山々から注がれる水が溜まり、あっという間に湖になってしまうだろう。それこそ伝説の遠野になってしまうが…。
# by dostoev | 2017-10-23 17:49 | よもつ文 | Comments(0)

因幡の白兎トイウモノ

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前の記事で、朝倉は星見の座では無いかと書いた。実は「記紀」には明確に記されてないが、もしかして天体の話がかなりあるのでは無いかと考えてしまう。そこで気になるのは「因幡の白兎」の話だ。
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「月の兎」という認識が広まったのは、やはり古代中国だと云われる。紀元前4~3世紀の「天問」と云われ、また漢時代の「五経通義」「月中有兎」と記されている事から、それが日本にも伝わったのだろう。月には兎が棲んでいる。それがいつしか、月そのものが兎である様な認識にも変化している。
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「古事記」での「因幡の白兎」の話は、隠岐島から海を渡ろうと"わに"を騙し並べて渡ったものの、その寸前で騙した事を語り、"わに"の怒りを買い「あを捕へ、ことごとあが衣服を剥ぎき。」と、丸裸にされてしまった。兎が悲しんでいると、八十神が通り、兎は八十神の言う「海塩を浴み、風に当りて伏せれ」の通りにしたら兎の体は「あが身ことごと傷(そこ)はえぬ」と。

まず、海は「アマ」と訓むが、天もまた「あま」と読む。八十神に相対する大国主は、何度も死んでからの復活の話が多い中に登場する「因幡の白兎」の話も、死の境界を彷徨っている兎であり、その復活の話と捉えれば、大国主の流れに乗るものである。古代人が死と復活を意識したのは、やはり太陽であり、月だった。太陽は毎日、西の果てに死に、東から復活する。それと共に、月もまた同じ。ただ月の場合は太陽と違い、更に満ち欠けがあった事から、古代人にとっての神秘の度合いは、やはり月に注がれていたよう。やはり兎は月を意味して、渡ったのは海では無く天ではないのだろうか。

日本民族文化体系「太陽と月」には、三日月を見ると妊娠するという俗信が紹介されているが、へこんだお腹がまるで妊娠したように満ちる満月に、女性の妊娠を重ね合せている。更に兎が二重妊娠をする動物である為、極端な多産だ。月と兎と妊娠が重なるのは、必然であったか。

その月は、東から昇る時、また西へ沈む時は赤くなる。先の「因幡の白兎」も、兎の毛を全て刈り取れば、ピンク色の肌が見えて来る。それを、赤肌の兎と称しても良いだろう。現実的に、兎が毛をむしられるのは、人間が食べる時である。八十神の言う「海塩を浴み、風に当りて伏せれ」は、そのまま兎の肉に「塩をまぶして干し肉にしてしまえ!」という発言にも捉える事が出来る。恐らく「因幡の白兎」は、一度死んでいるのではないか?それが元の兎に復活する。
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石破洋「イナバノシロウサギ神話の新研究」の着眼点は、面白かった。ワニを並べて海を渡ったのは、兎の嘘だとしている。確かにワニを並べて海を渡ったとするシーンは、大国主に対して兎が一方的に話しているだけで、どこまで本当かわからない。石破洋は、兎は八上比売の使いで、大国主や八十神が八上比売と結ばれるに値するかテストする為だったと語っている。確かに兎の最後は莵神になっているのは、神の使役でもあったからとされている。もしくは八上比売は関係無く、兎そのものが初めから神であった可能性もあるだろう。何故なら出雲大社の宮司曰く「出雲大神とは大国主が崇敬する神である。」としている。その出雲大神とはやはり出雲にある熊野大社に祀られる神であろう。それは紀州の熊野と同じで「熊野権現御垂迹縁起」には、熊野神が三体の月になって天降ってきたという伝承がある事から、大国主が信仰した神は月神であった可能性はある。その大国主は何度も死に、最後には素戔男尊のいる黄泉国でもある根の堅州国へ行き、須世理姫を連れて地上に復活している。この大国主の命の復活劇の根底に、月信仰があったとしても不思議では無い。熊野では、兎の事を「巫女」と称する。つまり熊野神の使いという意味にも通じる。兎は月と結び付いて、その多産さから五穀豊穣と結び付いている。そしてそれが山神(サンジン)=産神(サンジン)という日本特有の語呂合わせでも結び付いているようだ。しかし突き詰めれば、その背景に熊野三山があったのだろう。だからこそ熊野の"歩き巫女"、つまり兎が伝え広めた「熊野権現御垂迹縁起」熊野神が三体の月になって天降ってきたとしたのではないか。
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中秋の名月に、ススキを供える風習がある。それは五穀豊穣と重なった月に対し、秋の実りとして稲穂の代わりに、ススキを供えると一般的に伝えられる。「因幡の白兎」では、蒲の穂を与えている。学者は蒲の穂は止血剤にもなるので、兎は毛が戻ったのではなく、単なる皮膚の損傷の治療行為と、現実的に考えているようだ。ただこれを大雑把に考えれば、月に対して穂(稲・蒲・ススキ)を供える風習ではとも思える。何故なら「穂」の語源は「ものの立ち上る意」「モノの現れ出る義」と「モノの生れ出る」意味を有している。つまり穂を月に供えるとは「月の復活」を期待してのものではないだろうか?兎は傷の治療を終えたのではなく、やはり元の白兎に復活したと考えた方が流れ的には自然かもしれない。
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【摂津国風土記】

ヲモトの郡に夢野というところがある。古老によれば、昔ここをトガ野といい、牡鹿が棲んでいた。その正妻の牝鹿もこの野にいた。

海を隔てた淡路島の野島に、その牡鹿の妾妻の牝鹿が棲んでいた。牡鹿はしばしば野島に泳いでいって、妾妻と愛し合っていた。牡鹿が正妻のところで一晩過ごした翌朝、彼は正妻に語った。夕べ、夢を見た。自分の背に雪が積もり、ススキという草が生えた、この夢はなんの前兆だろう、と。正妻は、夫がまた妾妻のところへ行こうとしているのを憎んで、いつわりの夢判断をして告げた。背に草が生えるのは、矢が背に突き立つ前兆です。また背に雪が降るのは、白塩を肉に塗るしるしです。あなたが野島に泳ぎわたろうとすれば、必ず船人に出会い、海の中で射殺されるでしょう、決して行ってはなりません、と。しかし牡鹿は恋心に耐えられず、また野島に泳ぎ渡って行く時、途中で船に出会い、射殺されてしまった。

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なんとなく「因幡の白兎」の話に似ているかと「摂津国風土記」を紹介してみた。夢診断が正妻の言霊によって最悪の話になっているのだが、海を渡るリスクと人によって殺される獣としての立場が、因幡の白兎と重複している。仏教説話に、帝釈天に対して何も食べ物を差出す事の出来なかった兎が自らを食べて欲しいと火中に身を投じ、その亡骸を月に納めた話がある。古代人は、月が欠けていくのは、月が死んでいくものと考えていたようだ。そして復活する永遠の存在が月であり、それが兎にも投影された為か、兎の死は復活の前ふりでもある。

鹿の海渡は理由が明確だが、因幡の白兎の海渡の明確な理由が不明のままになっている。ただ八上比売が大国主のものになると予言した事から、因幡の白兎が八上比売の使いであったとされている。現実として、古代においての渡海は、死を意味している。それを天空に移して見ても、天の川に対峙する織姫と彦星は、何故逢うのに一年も我慢しなくてはならなかったのか。それは大河を渡るというのは死を意味していたからだろう。確実に安全に、大河を、そして海を渡る方法は無かった。遣唐使や遣隋使で渡った船さえ、確実に安全に渡れる保証はどこにもなかった。それ故に、常に死を意識して海を渡ったようだ。また逆に、渡海が危険な行為であるからこそ、蒙古襲来において日本は救われたとも言える。渡海は、時代を遡れば遡るほど危険なものであった。その「アマ(海・天)」を悠々と渡れるものは太陽であり月であった。その太陽や月でさえ、毎日死ぬと認識されていた時代だった。
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「因幡の白兎」以外に白兎伝説が、八上比売を伝える地にもう一つあった。八上の霊石山を天照大神が行幸した時、行宮にふさわしい場所を探していたところ、一匹の白兎が現れた。白兎は天照大神の装束の裾を銜えて道案内をした。白兎は霊石山の頂上付近の平地である伊勢ヶ平付近まで案内し消えたという伝説がある。この伝説を思うに、やはり太陽と月の運行の話だと思う。太陽と月は、同じ黄道に乗る天体。つまり、消えた白兎とは、先に昇っていた月が沈んで太陽が昇った話では無いだろうか。また別に言えば、太陰暦から太陽暦になった話としても言える。ただ消えた場所が「伊勢ヶ平」であった事からも伊勢神宮の祭神の交代を意味している可能性もあるだろう。実は気になったのは、伊弉諾が左目を洗った時に生まれたのが、日天子と月天子の場合がある。自然界の左と右、阿弥陀の左と右の法則などもある事から、この詳細に関しては別の記事で書く事にしよう。とにかく今回は、兎は月を意味し、白兎の伝説は、月の運行から作られた話であると思って書いた記事であった。
# by dostoev | 2017-10-21 07:02 | 「トイウモノ」考 | Comments(0)

朝倉トイウモノ

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朝倉という苗字がある。遠野では珍しい方だが、浅倉も含めると、遠野の電話帳を見れば、そこそこ出て来る。ところで朝倉という苗字から気になったのは、「朝の倉」とは、何だろうか?という事だった。

朝倉氏を調べるとウィキペディアには、「開化天皇の後裔とも孝徳天皇の後裔とも伝わる日下部氏が、平安時代から大武士団を形成し栄えていた。朝倉氏は、この日下部氏の流れをくむ氏族のひとつである。」日下氏の出自は九州であるから、血脈的には九州の血であろうか?

ところで日下については以前にも書いたが、谷川健一は「日下の草香」は「ヒノモトクサカ」と訓むべきで「クサカ」は太陽の昇る所であると述べている。しかし、それとは別に「クサカ」の「ク」は「カ・ウカ」の転訛であり月・月夜を意味し「サカ」は「下る」という語幹から利用されたものだという。つまり「日下(クサカ)」は「月坂」の意であると。日下氏は水神を祀っていたが、水は月の変若水にも関係する事から、月に関係の深い氏族でもある。その月に関係の深い日下氏の流れを汲む朝倉氏とは?
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「星堕ちて石となる」という記述は「日本書紀纂疏」にあったものだが、石であり磐座は星に関係の深いものだった。磐座(いわくら)の「座」は、今では星座(せいざ)という言葉に多用されようか。しかし古代における座とは「くら」とも訓んた。

筑前に、朝倉郡がある。この朝倉郡は、上座郡と下座郡が合併して朝倉郡となったのだが、ここでの「上座」を昔は「あさくら」と訓んだ。また星座と現代でも使うように、元々「座」は星宿の事でもあった。上座を「あさくら」と訓むのだが、ここでの上座・下座というものは皇帝の玉座に対応するものだろう。皇帝に向って左の左大臣が太陽の昇る東を意味し、右大臣が太陽の沈む(下る)西を意味する事から、上座とは太陽の昇る方向(東)の磐座であり、下座はその逆の西の磐座であろう。つまり、上座・下座を合せて「朝倉郡」となったのは、太陽の昇る方向に立つ磐座を意味するのだろう。
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長谷(はつせ)とは八節、即ち八季の異称であった。それが当てはまる星は、太白だとされた。雄略天皇の都は「長谷朝倉宮」であった。太陽の昇る方向の磐座に暁の明星である太白が重なるのは当然の事。考えてみれば、太陽暦が採用されたのは持統天皇時代以降。それ以前は、太陰暦が主流であった。太陽運行の軌道には、月が重なる。持統天皇時代以降に太陽暦が採用されたのなら、雄略天皇時代は、太陰暦であった筈だ。月もまた、太白と重なる。実は太白の異称に、長谷星、朝倉星があった。つまり雄略天皇の都は、太白の都でもあったという事か。そして朝倉は、そのまま太陽であり月の黄道に位置する磐座(いわくら)であり、その黄道に昇った太白を重ね合せた星座(ほしくら)という事になろうか。朝倉氏が日下氏の流れを汲む氏族という事だが、この月と星の関係をみると、そのまま日下氏と朝倉氏の関係に重なりそうだ。
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朝倉が星見の「朝の星座」で太白を意味するのなら、斉明天皇が崩御した朝倉宮もまた太白を意味するか。また「日本書紀」で斉明天皇の死後「朝倉山の上に鬼有りて、大笠を着て喪の儀を臨み視る」という記述は、天体現象じゃないのか?つまり朝倉山は、星を見定める山だった可能性があるかも。
# by dostoev | 2017-10-19 07:41 | 「トイウモノ」考 | Comments(0)

早池峯神社の神霊?

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久々に関西からのお客さんを連れて、遠野の夜ガイドをした。まず手始めに、耳切山から荒川高原へと抜けてみたが、雲が多く星もよくみえない。また霧も発生していないので、行きたかったという早池峯神社へと向かった。ただ野生動物は豊富に出て来て、ニホンジカ・カモシカ・タヌキ・キツネ・ハクビシン・ウサギ・ムササビ、おまけに野ネズミや猫と、行く先々に登場して楽しませて貰った。
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それから夜の早池峯神社に到着し、まっすぐ参拝した。時刻は、夜の10時頃だろうか。この日は、やけに暗く、初めはライト無しで境内に入ったが、余りにも暗すぎる為、車に戻ってライトを持って来た程だった。神社の境内から空を見上げると、星が綺麗に輝いていた。荒川高原は雲が多かったが、早池峯神社上空には、星空が広がっていた。
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参拝後、境内を歩いて山門に近付いた時だった。「女性の声、聞こえませんか?」と客が言う。水音じゃないですか?と言って、自分もよくよく聞いてみると妙な音が聞こえる。自分は水音を一瞬、雨か何かと思ったが、そういえば上空は晴れていた。ただ自分にはその時、女性らしき声は、まったく聞こえいなかった。

取り敢えず、その時の動画を僅かな時間だけ撮影してみた。そしてその後、よくよく耳を澄ますと、確かに夜で誰もいない神社の境内であったが、やけいにいろいろな音がする。ただそれは自然の音なのかとも思っていた。そして帰りましょうかと、山門を出て鳥居を潜ってから、何と表現して良いのかわからない音が、自分にき聞こえた。ただし、女性の声では無かったが…。
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女の声で思い出したのは以前、このブログでも紹介している金子富之氏だ。やはり、夜の遠野をガイドしている最中に、聞こえる筈のない場所で女の笑い声を聞いて、蒼ざめていたのが印象に残っている。また「熊野年代記」には、新宮などの神域で女の泣き声や笑い声が響いている記述がある。その後に祈祷などをしている事から、熊野で聞こえた女の声は、神霊のものとされたのだろう。そして今回の早池峯神社境内での女の声…自分は聞こえなかったが、女の声と聞いた瞬間に、金子氏の時の事象と、「熊野年代記」での事象が頭を駆け巡ったのだった…。
# by dostoev | 2017-10-18 04:38 | 御伽屋・幻想ガイド | Comments(0)