遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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上郷観光ロード(旧国道283号線)

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遠野祭りは、買い物以外に外に出る事が無かったので、全く写真を撮っていない。そして泊り客の中にも遠野祭りじゃなく、純粋に遠野観光に来た客もいるので、祭があったので意外でしたという客もまた居た。その客を連れて、観光マップとは違う遠野のガイドを駆け足でしてきた。今回は、旧国道283号線沿いの上郷町観光だった。全ては行けなかったが、それなりの箇所には足を向ける事が出来たと思う。
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まず「遠野物語」にも登場する神出鬼没であった"旗屋の縫"が利用したという風穴。手をかざすと、ヒヤッとした空気が吹き出てくる。
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次は、森の下観音堂。いくつかの観音像とオシラサマが祀ってある。
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次は「遠野物語拾遺36」に紹介される、神域であるトンノミの森と泉。
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次は、坂上田村麻呂伝説の地でもあり、川の根源の石がこの樹木の下に潜り込み、水を湧き出す様になったという神秘の地。
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途中、今から30年前、牛のように巨大な熊が出たと騒がれた、朽木が沈む神秘的な砂防ダム湖を眺める。台風の後なのか。いや、今年は雨量が多かった為か、ここまで満水になっている状態を見た事が無かった。
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そして、南部名勝となっている片岩。ここは宮沢賢治「シグナルとシグナレス」で夜明けの描写が記されている。
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そして再び、坂上田村麻呂伝説の地。戦に勝利した後、この岩窟に観音を祀った。
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巌窟は、一ヶ所だけではない。
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巌窟に祀ってあった観音像は腐食が酷いので、後から観音窟のずっと手前に、沓掛観音堂を建て、新たな観音を祀った。観音窟の帰りに寄ってみた。
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そして帰りは、少し道を外れて、人気の荒神様経由で帰った。これでも結構、満足してくれたようだ。上郷方面も、かなり見どころがあるので、観光客を案内したい場所ではある。
# by dostoev | 2017-09-18 20:13 | 御伽屋・幻想ガイド | Comments(2)

久々の夜ガイド(熊探訪)

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昨夜は、久々の夜ガイド。最近、夜ガイドを希望される方がいなくて、一ヶ月ぶりで夜の遠野を案内した気がする。ただ、今回ガイドしたお客さんは、過去に2度も案内したお客さんなので、どこへ行こうかと思案していたが、動物が好きと言う事から「熊を見せてあげたい」となり、荒川高原へと行ってきた。

鹿は無数に登場し、他にタヌキやハクビシン、アナグマも。そして、オマケにコウモリと猫2匹。車が進むにつれて霧が深くなってきたら…いた!熊が。それも2頭。車で追い詰めて、道路脇に逃げたので、車を停めて車外に「行くよ」と言ったら、怖がらずに素直について来たお客さんだった。
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ライトを照らし熊の行方を確認したが、どうやら遠くへ行ったようだ。そのまま霧を背景に影を映しだして、記念撮影会となった。
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耳切山から荒川高原へと抜けたのだが、耳切山には殆ど霧が無く、荒川高原に差し掛かってからの霧だった。
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合間に霧が晴れているところもあった。やはり車外に出て空を見上げると、満天の星で、肉眼でも天の川がクッキリ見える。「私、目が悪いんで。…あれは星雲ですか?」と。どうやら昴の事を言っているようだ。今のカメラは便利で、撮影したものをカメラのモニターで拡大して見せる事が出来る。住んでいる環境からは、昴が見えないらしく、初めて肉眼で昴を確認したという。

とにかく今回は、熊2頭を見る事が出来、綺麗な星空と、霧の幻想的な情景を堪能したらしく、満点の夜遠野だったようだ。
# by dostoev | 2017-09-16 08:40 | 御伽屋・幻想ガイド | Comments(0)

一の渡

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遠野の土淵に「一の渡」という地名がある。一の渡があったら、二の渡は?という声も聞こえてきそうだが、何故か二の渡は全国的にも、まずない。その代わり一の渡は、全国でも見付ける事の出来る地名である。「渡」というと川渡し、もしくは渡り鳥などの旅や、その場に居付かない事を意味する場合があるが、この遠野の一の渡は、小烏瀬川と米通川と琴畑川の合流地でもある事から、やはり川に関する地名だと思われる。

この一の渡の先は、不動岩という地名となっている。不動岩・不動の滝など「不動」の付く名前は、山伏が金鉱脈を探して開発した地域に、大岩や滝があった場合、そういう名前を付けている。つまり古代の土淵に、山伏が入り込んで開発した地域であると理解できる。この一の渡から琴畑方面へ向かうと、やはり山伏の修行場である鍋割がある事からも、この辺の地域は川沿いに、山伏の色合いが濃く出ている場所だとも云える。
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花巻市大迫側の早池峯の山懐に「一の路権現」という早池峯大神を祀る地があるが、やはり「二の路権現」は無い。調べると「イチ」は漢数字の「イチ」という意味の他に、今では認識されていない古くから日本に伝わる意味が「イチ」にはあった。
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沖縄や鹿児島の民間霊媒師を「ユタ」と言うが、それはどうやら「イチ」の転訛であるようだ。「イチコ、イタコ、イタカ」は全て「イチ」の変化であり、「イチ」とはシャーマンと同義であるようだ。関連する地名に、一の瀬、市ヶ谷、一の谷などがあるが、これらは全て水に関する地名にもなっている。つまり一の渡は「イチ」という呪術師、もしくは山伏が管理する禊場であるか、川原の祭祀場であったと思われる。となれば大迫の一の路権現は、イチの管理する山の祭祀場という事になろう。上の画像は、安倍晴明の川原での祭祀。
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よく路が交わる辻などは霊界の入り口、もしくは境界とされる。それは、川も同じとされた。この土渕の一の渡は、琴畑川・小烏瀬川・米通川の合流地でもある。つまり落合であり、落合は死人と出逢うという俗信もある。この地は去年、台風の被害が酷い場所でもあった。その場所には、川を見下ろす様に水神の碑があり、どこか霊的な印象を与える場所でもある。

「蜻蛉日記」の巻末歌集に下記の歌がある。

みつせ川 浅さのほども 知られじと 思ひしわれや まづ渡りなむ

みつせ川 われより先に 渡りならば みぎはにわぶる 身とやりなりなむ

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「みつせ川」とは、「三途の川」を云うのだが、別に渡る瀬が三つある為に三瀬川とも云う。まさに、この一の渡の地は、三つの瀬を渡り禊をし、祭祀をした「みつせ川」ではなかったか。
# by dostoev | 2017-09-15 16:38 | 遠野地名考 | Comments(0)

鍋割

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この地方では清水のハヤリ神が処方々に出現して、人気を集めることが
しばしばある。佐々木君幼少の頃、土淵村字栃内の鍋割という所の岩根
から、一夜にして清水が湧き出てハヤリ神となったことがある。

                   「遠野物語拾遺44(抜粋)」

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「遠野物語拾遺44」にハヤリ神として紹介されている鍋割だが、まるで佐々木喜善の幼少時代に発見された場所の様に表現している。しかし、この鍋割の地は阿曽沼以前に高野山系の山伏が直接修行に来ていた修行の神聖な場所であったとされている。それを訴えるか様に、今でも鍋割の地には、上の画像でわかる様に「修験道場跡」という石碑が建てられている。

ところで高野山系の山伏という事は、真言系であろう。東の天台、西の真言と云われた様に、関東から東は天台宗が布教してきた地であった。早池峯妙泉寺の建立時期は斉衡年中(854年~857年)とされ、天台宗の慈覚大師円仁が創建したとされている。「早池峯妙泉寺文書」によれば、当初早池峯妙泉寺を支配していた天台宗から真言宗に移り変ったのが、大治二年(1127年)と記録されている。

この鍋割には別に、武蔵坊弁慶の弟子の山伏がこの地に坊舎を建て、修行したとも云われている。弁慶の弟子というからには武蔵坊弁慶の生きていた年代に近いのだろう。武蔵坊弁慶の生まれた日は不明らしいが、死んだとされる文治5年(1189年)と早池峯妙泉寺の支配が真言宗の支配になった頃と重なる。ただ、武蔵坊弁慶は比叡山の僧であったと伝えられる事から、天台宗であったのだろう。この辺りは微妙なのだが、鍋割が真言宗系山伏の修行場となったのが、早池峯妙泉寺の支配が真言宗に変った頃と考えて良いのではなかろうか。そして修行の場であったのならば、「遠野物語拾遺44」で紹介される以前に、水は涌き出て流れてた筈である。鍋割では水分神を祀っている事から、かなり昔から分水嶺であったと思われる。何故なら、鍋割の山神神社の場所だけでなく、他にも小さな沢が流れているからだ。
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ところで「鍋割」とはどういう意味だろうか?調べると、鍋割山というのが全国にいくつかあるが、その由来が鍋を半分に割った地形だとしている。もしくは「滑岩(なめいわ)を割った」が転訛した、と云うものあるようだ。岩手県花巻市には鍋割川があり、アイヌ語で「冷たい水が生れる所」と、アイヌ語説を採用している。確かに遠野の鍋割は「遠野物語拾遺44」にも登場し、水が涌き出たハヤリ神ともされた。だがそれならば、岩手県だけでなく、東北各地に多くの"鍋割地名"がなければならないのだが、それが殆ど存在していない。恐らく岩手県という事もあってか、金田一京助から広まった「何でもアイヌ語説」に影響されたのだろう。
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佐々木君自身も右のチタノカクチのハヤリ神に参詣した。行って見ると鍋の
蓋に種々の願文を書いて奉納してあった。俗諺に、小豆餅とハヤリ神は熱い
うち許りと言い、ハヤリ神に鍋の蓋を奉納するのは、蓋をとって湯気の立ち
登る間際の一番新しいところという気持だそうな。

                      「遠野物語拾遺48」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
鍋割がハヤリ神としても存在したが、偶然かどうか「遠野物語拾遺48」に鍋蓋の話が登場している。牧田茂「鍋蓋考」では、鍋に蓋をする事によって、鍋の中の霊(たま)が抜け出る事を防ごうとしていたとある。そして逆に、鍋の中に邪悪なものが侵入しないようにした為であろうという事らしい。実際に岩手県では「風呂に入った後、蓋をしないと幽霊が入る」という俗信があるほどだ。逆に言えば、鍋そのものが霊的な内包物を有する器という事か。

遠野の笠通山を、鍋、もしくはお椀を上から被せたような山だと表現されるが、全国にいくつかある鍋割山は、その表現に近い。ただし、この遠野の鍋割の地形が鍋の様な形をしているかどうかは微妙である。遠野には別に"鍋倉山"という山があるが、それは鍋の形をした倉という概念が潜んでいる。山は山伏の考えによれば、鉱物を内包した倉でもあるとされた。早池峯の中腹に御金倉という岩があるが、同じ名の岩が白山にもあり、山伏が名付けたものである。
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遠野の鍋割には、山神を祀る山神神社がある。山伏は東北に於いて、鉱物…つまり金を探しに来ていた。始閣藤蔵も、金が見つかったらお宮を建てると、早池峯の神に誓った。山は、鉱物を内包する鍋の様な器だと考えるべきである。その鍋が割れるとは、蓋も出来ない状態になる事になる。つまり山の内包物が漏れる事を意味するのだろう。ハヤリ神としての鍋割は、まさにその状態になったという事か。千疋狼の話になどから、正体がばれる事を「鍋が割れる」という表現をする。それは同時に、山の内包物の正体がわかる事にも繋がると思う。鍋割が修験の修行場であったとの事だが、恐らく遠野の山を探るにおいての前線基地の様なものであったのかもしれない。
# by dostoev | 2017-09-14 18:02 | 遠野地名考 | Comments(0)

遠野不思議 第八百六十六話「下照姫神社」

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成立年代が不明の下照姫を祀る神社。別当に聞いても、かなり古くから祀られていたと云う。途中から稲荷神社が合祀された為、現在は二柱の神社となっている。
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下照姫を祀る神社は他に、五日市の倭文神社だけであり、かなり珍しい。
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下照姫は「古事記」などの登場するが、その原像は謎に包まれているようだ。「記紀」において、卑弥呼の原像を元に、天上界では天照大神、下界では下照姫だという説もある。また出雲では、天甕津姫は、高姫であり、滝姫という、全ては同一神であったが、その高姫が下照姫の異称ともされている。ただ気になるのは、この下照姫の祀られる地は、水が多く集まる地であり、近くには八坂神社が祀られている事から、一つの仮説が成り立つが、ここで展開する気はない。
# by dostoev | 2017-09-13 17:52 | 遠野各地の神社(その他) | Comments(0)

宿泊予約について

御伽屋HPの問い合わせをクリックすると、宿泊予約フォームになるのですが、最近不具合が多発しています。どうやらスマートフォンから予約を入れる方が多いのですが、スマートフォン自体が自動的にPCからのメールを受信拒否している場合が多いようです。その為、PCからのメールを受信拒否設定している方は、なるべく直接電話して予約してくださいませ。

# by dostoev | 2017-09-11 19:07 | 民宿御伽屋情報 | Comments(0)

今朝の遠野(2017.09.11)

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今日の天気予報は曇りの筈だったが、朝起きて見ると朝霧が発生しているので、雲海だと思った。ここ数日、雲海が発生していたので、久々に見に行く事にした。雲の多い雲海の方が劇的の場合もあるので。
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六角牛山は雲に包まれていたが、アップで見ると、龍にも見える雲だった。
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日の出の時間が近付いてくると、雲は真っ赤に染まりだした。朝焼けは雨になるという俗信があるが、確かに天気は下り坂ではある。思うに、朝焼けの後が雨という確率は、かなり高いような気がする。
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日の出の時間が近付くと共に、赤く染まった雲の赤味が取れ、何故か空が暗くなっていった。雲の隙間から太陽が見えたが、全体の景色が淀んでいるようだ。やはり、天気が下り坂なのがわかる。ただ13日以降は晴れ間が続く様なので、再び雲海の日が続くのだろう。
# by dostoev | 2017-09-11 09:06 | 遠野情報(雑記帳) | Comments(0)

船っこ流しの夜(2017.08.16)

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今年も観光客を連れて、附馬牛町の船っこ流しへ行って見た。雨が少々心配だったが、杞憂に終わったようだ。船っこ流しは、だいたい8時頃から始まるが、その前に周辺は花火の煙が漂っていた。
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船っこ流し開始前の川の様子。写真を撮る為か、土手に数人待機しているのがわかる。川の上流部に灯りが見えるのは、灯篭流しの準備で、人が集まっているからだ。
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その川の上流部から、橋の方を撮影してみた。
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灯篭は既に準備できているよう。後は、明りを灯して流すだけか。
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灯篭や船を流す場所から赤い光が灯った。まず灯篭が、徐々に流れて来る。
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灯篭が流れて来た。その後ろに、船が引かれている。
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最近は雨続きの為か、いつもよりも川の水量も水圧も高そうである。
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次々と、灯篭が流れて来る。
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龍の船に、火がつけられる。
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燃える船。
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燃え盛る炎は、観客が大勢見守る橋の下まで行った。
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燃える船が橋の下を潜り抜け、ある程度進むと燃える船は停められ、鎮火するまで待つようだ。
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その燃える炎の周りに人が集まり、まるでキャンプファイアーの様でもある。
# by dostoev | 2017-08-18 04:17 | 御伽屋・幻想ガイド | Comments(0)

座敷猫

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今朝の事だった。泊り客の会計をしている時「昨夜、勝手に人の部屋に入ってベットで寝る奴がいました。これが、証拠の写真です。」と、客はニヤリと笑ってスマホの画像を見せてくれた。それは…家の猫(ミー)だった。家の猫(ミー)は、夜になると二階や三階を行ったり来たりしているようで、その時に誰か見つけると寄って行って、客と一緒に部屋に入るらしい。それが必ずという訳でなく、その辺は猫の気紛れなのだろう。しかし、何人かの常連客はそれを知っているから「昨夜、ミーちゃんが来てくれなくて寂しかったです。」などと言う。

ところである客が「ミーちゃんが部屋に入った後、結構いい事あるんですよ。」というような事を言った客がいた。聞くと、宝くじが当たったなどという大それた幸運が舞い込むわけでは無く、些細ながらも、何故か良い事があるそうな。猫の気紛れであるけれど、その気紛れな行動に、小さな幸運がたまたま重なったものとは思う。だが、それを信じている客もいる事から、そういう縁起担ぎに、家の猫が何度も関わってくれば、それがいつしか都市伝説に…いや、座敷猫になるのかもしれない(^^;
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# by dostoev | 2017-08-08 19:06 | 民宿御伽屋情報 | Comments(0)

みちのおく

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宿六を「宿の六でなし」という言い方がある。しかし「ろくでなし」の正しくは「陸でなし」が正式の様だ。「ろく」は「陸」と書き記し「平ら」、もしくは「真っ直ぐ」という意味となる。これは地平線が、平で真っ直ぐある事からきているよう。つまり「陸でない」と言う意味は、平らでない、真っ直ぐで無い事を意味していた。それがいつしか、人の性格にも重ねられ、歪んでいる物や正常ではない物が「ろくでもないもの」に転じたようだ。とにかく本来「ろくでなし」は「六」とは無関係だと知られている。

ところで陸奥は本来「道の奥(みちのおく)」に「陸奥」という漢字をあてて「むつ」になったというが、「むつ」は「六つ」という音に重なる。だいたい「道の奥」に何故「陸」をあてたのか?確かに「陸」は「道」の意でもある。「道の奥」という意味は「遠い」「僻地」などの朝廷からの視点であろうから、確かに遠い奥地という感覚から「道の奥」であったのは理解できる。しかし敢えて「道」を「むつ」とも読める「陸」に変えたのは、意図があるものかと勘繰ってしまう。
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辻などに建てる石碑に道祖神があるが、道祖神は別に"道陸神(どうろくじん)"とも云うようだ。陸は道でもあるのだが、そうなると道が重ねた表記が「道陸」で、強調の意味になるのだろうか?有り得ない表記の様な気がする。やはり「陸」には、「六」の意味を秘めている気がしてならない。画像は、青笹町の飛鳥田にある、南無阿弥陀仏と刻まれた"六道神"の石碑。これはそのまま、仏教の六道を意図した石碑である。また別に、小友町にも"冥道"として六体の地蔵が置いている地がある。それもまた、六道を意味するものである。六道は、六種の苦しみに満ちた地獄世界でもある。

「六つ」という表記は「暮れ六つ」「明け六つ」で、本来の1日は陽が沈んでから始まったものであるから、この場合は酉の刻から始まり卯の刻までという事。簡単に言えば、太陽が沈んでから昇るまでの暗闇の時間帯でもある。闇というのは魑魅魍魎が跋扈する時間帯と考えれば「陸奥」が、奥に「六つ」を秘めているならば、「六道」という冥界であり地獄の「六つ」を指すものと考えて良いのではないか。また別に岩手県には奥六郡と呼ばれる地がある。その奥六郡を統べたのが安倍氏であるが、近畿以西には七や八という聖数に溢れているが、何故か東北には六という数字が目立つと思うのは考え過ぎだろうか。実は古代に、常陸国の境界に、境の明神としてイザナギとイザナミが向かい合わせで祀られた。これは朝廷の力の及ぶ場所にイザナギを祀り、及ばざる場所にイザナミを祀った。そして、朝廷が多賀城を築いた後の事、今の宮城県と岩手県の境界辺りに、やはりイザナギとイザナミを祀った。これは「古事記」での現世と黄泉国を分け隔てる話を意図したもので、力の及ばぬ地は"黄泉国"であるという意識があってのものだったろう。

明治になってからの廃藩置県で、東北は六県となった。しかし、何故に六県にしたのだろうか?それこそ「六道」の地獄を意図しているかのよう。例えば「左遷先は東北六県の中でどこがいい?」という打診も「どの地獄がいい?」と聞いている様にも感じる。東北を、聖数の七県、もしくは八県にしても良かったのではないか。

また東北は「日高見」とも云われた。つまり陽が高みに昇る地の意味もある。そこに「六つ」という太陽が沈んでから昇るまでの音を与えたのは、一つの呪いではないかとも思える。考えてみれば、古来からの流刑地に四国がある。「し」は「死」を連想させる。「むつ国」と「し国」は、意図的に朝廷が呪いを付与したのかのよう。数字遊びのようであるが、ある意味本質を突いているのかもしれないと思ってしまう…。
# by dostoev | 2017-08-07 12:48 | 民俗学雑記 | Comments(5)